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第59話

■■■  玉座の間を出た瞬間、リオールは大きく息を吐いた。  静かに、けれど確かに、何かが変わった気がしていた。  ひとつの対話を終えただけだが、それでも、今の自分はもう、ただ従うだけだった皇太子ではない。 「お戻りになりますか、皇太宮へ」  横にいた陽春がそっと声をかけてくる。  リオールは頷きかけ、そして、ふと足を止めた。  廊下の向こうから、早足の気配が近づいてくる。  リオールが振り返るより早く、清夏が現れた。  珍しく肩で息をしている。  冷静で淡々としている彼女が、そんな姿で駆けてくるなど、並大抵のことではない。 「殿下……アスカ様が……殿下をお呼びです」  その一言に、胸の奥で何かが弾けた。  ──私の名を、呼んでくれたのか。  何よりも欲していた言葉だ。  アスカが自分を必要としてくれた。  それだけで、すべての重荷が報われた気がした。  リオールはひとつ息を吐き、表情を整える。  けれど、抑えきれない喜びに、手がわずかに震えていた。 「アスカのもとへ」  その一言と共に、リオールは歩き出し、陽春と清夏が後に続く。  足取りは早い。  駆けて行きたいほどだったが、それをぐっと堪えたのは、彼のもとへ向かうその時間すら、大切に思えたからだ。  少しでも、気持ちを整えたい。  顔を見たら、抱きしめてしまうかもしれない。  言葉より先に、ただ、その存在をこの腕に確かめたくなってしまうかもしれない。  ──だからせめて、心だけは静かに。  アスカが待っている。  リオールは迷いなく、歩を進めた。

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