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第61話

 夜が明ける。  うっすらと差し込む光が、朝を告げた。  アスカは静かに眠っている。  穏やかな寝息を立て、その頬にはかすかな赤みが残っていた。  リオールは、その隣にただ静かに座っていた。  互いに触れたのは、手と、腕と、そして……彼の願いによって許された、ひとつの抱擁だけ。  それ以上は、望まなかったし、望まれてもいないことを知っていた。  アスカの苦しみを、少しでも和らげられるならそれでいい。  そばで、ただ温もりを分け合えるだけで、今は充分だ。  夜の間、何度か熱にうなされたアスカは、夢と現の狭間でリオールの名を呼んだ。  そのたびに、リオールはただその手を取り、額にそっと触れ、静かに囁いた。 「ここにいる。そなたを置いていったりはしないよ」  そうして迎えた朝だった。  すぐに宮に戻ることもできたはずだが、リオールはそうしなかった。  この時間を手放したくなかった。  何より、アスカが望むその時に、またそばにいてやれるように。  ──日が昇り、そして沈む。  アスカの発情期はまだ続いていたが、その熱は徐々に落ち着きを見せ始めていた。  食事も少しずつ摂れるようになり、言葉も、表情も、取り戻していく。  それでも、リオールは毎日訪れた。  必ず一度はアスカの顔を見て、手を取り、「今日はどうか」と尋ねた。長くは居られずとも、その時間を重ねて、濃くしていく。  抱きしめることはもうなかった。  けれど、指先がふいに触れるだけで、アスカの頬が赤らむ。  それがあまりにも可愛くて、リオールは何度胸を弾ませたことか。  そして迎えた、発情期の終わり――  リオールは、アスカが仮住まいする宮で、彼を待っていた。  久方ぶりの、ほんとうに静かな朝だ。  空は青く澄んでいて、雲ひとつない。  ──扉が開く。  姿を現したアスカは、もうあの熱に浮かされた姿ではない。  少し痩せたようにも見えるが、その瞳ははっきりとリオールを映していた。  ふたりの間に、言葉はいらなかった。  ただ、アスカは歩み寄る。  リオールはそっと両腕を広げ、腕の中に収まった体を受け止めた。  互いの鼓動が重なる。  この数日の間に生まれて、育まれたいくつもの感情。  そのすべてが、いまこの抱擁に宿っている気がした。 「……リオール様。ずっと、そばにいてくださって、ありがとうございました」  小さく囁く声に、リオールはきゅっとアスカを抱きしめ返す。 「礼を言うのは私の方だ。……私の名を呼んでくれて、ありがとう」  この瞬間から、ふたりの関係は新たなかたちへと静かに歩み始める。  これはけっして運命などではなく、自分の意思で選び取った、愛の形だった。 第一章 完

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