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第62話

第二章  エーヴェル国の冬は厳しい寒さだ。  外で吐く息は白い。  しかし、室内は驚く程に暖かかった。  火鉢の中で墨の弾ける小さな音を聞きながら、アスカはようやく、ホッ……と息を吐く。  今日──いや、正確には日付が変わってしまったので昨日になるのだが。  エーヴェル国は、リオールの生誕を盛大に祝った。  皇太子の成人。  それはこの国にとって、大きな節目である。  王位継承の準備が整ったということを意味しているのだから。  日中には国中の至る場所で祝祭が行われた。  市街地では色とりどりの花が飾られ、人々が歌い、踊り、屋台の料理を頬張っていた。  子供たちは国の紋章が入った紙の王冠を頭に乗せ、大人たちはその成長と未来に祈りを捧げるように乾杯を重ねる。  王宮では祝宴が行われ、貴族たちは正装をし、楽団の演奏に、煌めく宝石の数々があった。  そのすべてが、リオールのために用意されたものである。  中心に立つ彼は、誰の目から見ても『未来の王』に相応しい風格を映していた。  凛として美しく、けれどどこか人の心をひきつける優しさもあって、ただ見ているだけで胸が熱くなる。  ──そんなリオールの隣に、自分がいるなんて  アスカが王宮に来てからおよそ四年。  長い歳月はあっという間に過ぎて、そして、それだけの知識がアスカ自身の身に付いた。  ふと視線を向けると、リオールがこちらを見ていた。  深い藍色の透き通った瞳と目が合った瞬間、心臓がきゅ、と鳴る。  見惚れられている──そう錯覚するほどまっすぐな瞳に、アスカは思わず、袖の中で指をぎゅっと握った。 「……今日は、どうであった」  その問いに、アスカは一拍おいてから微笑む。 「とても、ご立派でした」  それは心からの言葉だった。  祝いの席で多くの視線が彼に集まっていたが、誰よりも彼を見ていたのはきっと、アスカだったと思う。  少しも動じず、けれど冷たくもない。  気高く、優しく、成長した姿。  ふいに、リオールが立ち上がる。  その背中を見た瞬間、アスカはぽつりと呟いていた。 「殿下、また背が伸びましたか?」  リオールは少し振り返り、目を細める。  その仕草が、どこか嬉しそうで。 「そうかもしれないな。……最近、アスカがよく、私を見上げている」  その声に、アスカは少しだけ頬をゆるませる。  思えば出会った時は、リオールの目をまっすぐに見下ろせるくらいだった。  それが今では、首をわずかに傾けなければ彼と目を合わせられない。

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