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第63話
彼はもう、『少年』ではない。
声も低く、体も引き締まり、歩く姿には確かな威厳がある。
「アスカこそ。今日は、見事だったぞ」
「……え?」
思わず聞き返すと、リオールは肩をすくめた。
「立ち居振る舞い、話し方、礼の仕方……。──すべてが、美しかった」
思わぬ賛辞に、アスカは息を飲む。
「堂々としていた。皇太子妃に相応しいと、心から思ったよ」
胸が熱くなる。
いつか、彼にそう言われたいと思っていたから。
王宮に来たばかりの頃。
指導中に失敗してばかりで、緊張して言葉が出ないこともよくあった。
それを諦めなくて良かったと、心の底から思えた。
すべてがこの夜に繋がっているなんて、信じられない。
「……まだ、夢を見ているみたいです」
アスカはぽつりと、心の奥にあった言葉を口にした。
リオールの隣で、笑い合っていられること。
誰の目も気にせず、彼と目を合わせて話せること。
今日の祝宴で、自分が『皇太子妃』として人前に立ち、それを受け入れられていたこと。
そのすべてが、現実とは思えなかった。
「夢ではない」
リオールの声は、驚くほど優しい。けれど、しっかりと芯があった。
「アスカが、自らの足でここまで来た。──そして、私がそなたを選び、そなたも、私の手を取ってくれた」
そっと手を取られ引き寄せられる。
あたたかい彼の胸に沈み、全身で彼を感じるようにそっと目を閉じる。
「アスカ、──愛してる」
外では、雪が舞っている。
この温かな部屋の中、アスカの胸は、熱いもので満たされていた。
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