64 / 207
第64話
リオールの腕の中で、アスカは静かに瞬きをした。
ぬくもりに包まれながらも、胸の奥がそわそわと落ち着かない。
けれど、それを打ち消すように、彼はふいに言った。
「……そなたの礼、あれほど美しい所作は、なかなか見られぬ」
え、と声にならない息がこぼれる。
「とくに、あの壇上での礼──気高さも、誇りも、すべてが、そこにあった」
それは、誰よりも近くで自分を見ていてくれた人の言葉だった。
努力を知っていて、成長を見届けてくれた人が、そう言ってくれる。
嬉しくて、恥ずかしくて、何かが胸の奥でふわっと弾けた。
視線を落とし、アスカは袖の中でそっと指先を握る。
「……あ、あれは、たくさん練習して……」
目を合わせられないまま言い訳のように呟けば、リオールがくす、と喉を鳴らして笑う。
「だからこそ、美しい。誰よりも、誇らしかったよ」
そう言われてしまえば、もう何も言い返せなくて。
ただ胸がいっぱいで、アスカはそっと唇を噛んで、顔を隠すようにリオールにより一層抱きついた。
きっと顔が赤くなってしまっている。
「ああ、アスカ。可愛いな。耳が赤いぞ」
「っ! は、恥ずかしいです……! 言わないで……!」
くつくつ笑う振動が伝わってくる。
無表情だと、感情が無いと、王宮ではそう言われる皇太子が、アスカの前でだけ、ただのリオールとなって、笑顔を見せてくれる。
──あぁ、好きだ。
こんなふうに笑うリオールが、優しい声で名前を呼んでくれるこの人が、たまらなく愛しく感じた。
ともだちにシェアしよう!

