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第51話
寝間着の裾がずり上がり、柔らかな腿が露わになる。肌に直接触れてはいないのに、布越しに感じるその圧に、アスカは喉の奥で嗚咽した。
「だめ、だめ……っ!」
身を捩れば袖が落ち、襟が乱れ、胸元が露わになる。
羞恥と恐怖とで、息が詰まりそうだった。なのに身体は熱を持ち、知らず知らずのうちに呼吸が荒くなる。
──もう、やめて。これ以上、見ないで。触れないで。
必死にそう願うのに、彼の手は止まらない。
太腿を撫でた手は、燻った熱を抱える中心に向かい動かされる。
背筋を伝って、冷たい汗が流れる。心臓の音が耳に響いてうるさい。目の前が霞む。全身の神経が研ぎ澄まされ、ほんの僅かな布の擦れる音さえ、暴力のように感じられた。
壊れる。壊される。
そう思った瞬間、アスカの手が勝手に動いた。
傍にある台の上、昨夜のまま置かれていた水差し。
それを掴み、宦官に向かって投げつける。
「──やめろおおッ!!」
ガシャッ──!
水が宦官の肩を濡らし、器が床に落ちて砕けた。静まり返った部屋に、割れた陶器の音がやけに鋭く響く。
宦官は、水差しの水を肩から滴らせながらも、なお動きを止めない。
ただその目に、わずかな迷いが浮かんだ。
「……それほどまでに、拒まれると?」
自問のように呟き、濡れた手で静かにアスカの頬へ手を伸ばしかけ──
しかし、そこでようやく彼の動きは止まる。
アスカの目に宿った怒気と、涙と、恐怖。
そしてアスカは皇太子の妃となる人物。
宦官は静かに目を伏せる。
──一歩でもこれ以上踏み込めば、不敬罪に問われかねない。
内心の計算と義務の狭間で、宦官は沈黙ののち、微かに身を引いた。
「……ご無礼をいたしました。陛下へのご報告は、然るべく……」
感情のない声。どこまでも丁寧な所作。
それなのに、アスカの体は震えが止まらなかった。
一礼して踵を返すその背中が、扉の向こうに消えるまで、まるで石になったように動けなかった。
閉じられた扉の音が、まるで心の中の何かを封じる鍵のように響いた。
あたたかな陽の差す静かな部屋で、アスカは膝を抱えて、声もなく泣き続けた。
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