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第72話

「──すまない。そなたたちも、悔やんでいるというのに」 「っ、申し訳ございません……っ」  ──昨夜、あれほど柔らかく微笑んでいた顔が、今は苦悶に歪んでいる。  「アスカ……」  リオールはそっと、アスカの頬を撫でる。  その温もりは、たしかにそこにある。  けれど、こんなにも儚く、心許ないものだっただろうか。  「私が、守ると……誓ったのに」  掠れるような声で、リオールは誰にも届かない呟きを落とす。  アスカが王宮へ来ると決まった日に、約束したではないか。  誰よりも傍にいたいと思った人を、傷つけさせてしまった。  ──もう、甘い夢に浸っている余裕などない。  『皇太子』して、『次期国王』として。  すべての敵意に、正面から立ち向かわねばならない。  リオールはゆっくりと立ち上がった。  その瞳に宿っていた後悔は、今は跡形もない。  代わりにあるのは、揺るがぬ決意と、鋭い冷たさだけだった。  「……陽春、寒露に、薄氷。犯人を洗い出す。手を貸せ」  唐突な指示に、彼らは一瞬驚いたように目を見開く。  だがすぐに小さく頷いた。 「御意」  陽春と寒露は静かに頭を下げる。  続いて、薄氷は現状を報告した。 「すでに厨房の者たちには拘束を指示しております。……ですが、毒物の入手経路まではまだ──」 「それも追え。記録、流通、過去に類似の事件がなかったか。何もかも洗い出せ」 「かしこまりました。すぐに動きます」  リオールは頷き、アスカをじ……っと見下ろす。 「清夏は、アスカの傍を離れるな。どんな小さな異変も見逃さないように」 「かしこまりました」  本当はそばに居たい。  けれど、戦わねばならない。  リオールは一度、深く息を吐くと、踵を返して部屋を出たのだった。

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