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第73話

■■■  ──何が起きたのか、分からなかった。  いつも通りの朝。鳥のさえずりで目を覚ます。   まだ少し眠たい。  それは昨夜、リオールと初めて口付けを交わしたせいである。  恥ずかしさと、心地良さの入り交じった感情が五月蝿くて、眠ることも困難で、すこし夜更かしをしてしまった。 「──おはようございます、アスカ様。朝餉の支度をいたします」 「清夏さん。おはようございます。よろしくお願いします」  いつも通り、丁寧に挨拶をするアスカに、清夏はほんのりと微笑む。  表情の乏しかった彼女は、アスカという優しい人物のおかげで、少しずつ氷が解けていくように固まっていた表情がわかりやすくなってきた。  清夏と薄氷に手伝って貰いながら着替えを済ませ、運ばれてきた御膳の前に腰を下ろす。   「アスカ様、本日のご予定についてですが──」  薄氷の言葉に耳を傾けながら、あたたかい汁物を手に取り一口飲み込んだ。 「……っ!」  喉の奥が焼け付くように痛む。視界の端が滲み、黒い影がじわりと広がっていく。  舌先が痺れ、上手く声が出せなくなる。  震えた手から杯を落とし、太腿に広がる熱さに驚くが、それどころではなくて。  ──何が起きた……? 「ゲホッ、っは、ヒュッ……!」 「! アスカ様!」    アスカは喉を押さえ、ゆっくりと床に倒れる。  声を出したいのに、上手く発声できない。 「医務官をっ! 早くッ!」 「アスカ様ッ! ああ、なんてことだ……っ!」  叫ぶような清夏の声。  体を摩り、名前を呼んでくれる薄氷。  喧騒の最中にいるのに、それが遠のいていく感覚。  あまりにも怖くて、薄氷の服を掴むが、意識が混濁していくばかり。 「アスカ様っ!」  名前を呼ぶ声が小さくなっていく。  まぶたを、持ち上げられない。

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