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第75話

■■■  事件発生から三日目の夜。  アスカは熱にうなされ、未だ目を覚まさない。  犯人を捕まえようと、あの日の厨房の者たちを拘束し、リオール自ら尋問をしたが、疑わしい人物はいなかった。   「殿下、一度お休みになられてください」 「……これが、休んでいられるか……」  あれから、リオールは一度も休んでいない。  時間が経てば経つほど、証拠が消されていくのではないかと、心ばかりが焦ってしまい休むどころではないのだ。 「ですがっ、このままでは、殿下までもが倒れてしまいます……!」  陽春の悲痛な声。けれどそれも響かない。  大切な人を失いかけている。    まだ番にはなっていなくとも、リオールにとってアスカは唯一のオメガだ。  アルファにとって、オメガを失うことは自らの命を失うのと同じ。    誰にも計り知れない恐怖が、いつもついて回っている感覚。 「……すまぬ、陽春。私は、どうしても──」 「……でしたら、今夜は、アスカ様のもとへ向かいませんか……?」 「……」  そして、事件以来、アスカのもとに顔を出すこともなかった。  あの穏やかな顔が、苦悶に歪んでいるのを、もう見たくなかった。  再び目を開けないままの姿を、見つめ続ける勇気が、自分にはなかったのだ。  失うかもしれないという恐怖に、心が折れてしまうのではないかと、不安で。 「アスカ様は、きっと、お待ちです。殿下が手を取り、お名前を呼んでくださるのを」 「……」 「……きっと、深い夢を見ているのです。だからこそ──殿下の声で、帰る場所を思い出していただかなければ」  陽春の声は、優しかった。だがその裏に、祈りにも似た願いが滲んでいた。  そばで聞いていた薄氷と寒露も一度頷く。  彼らもほとんど休む時間も無しに、働いてくれている。  目の下に作ったクマが、年齢よりも年老いて見せた。 「わかった。アスカを、呼びに行こう」 「! ええ、すぐに、向かいましょう」  陽春の言葉に背中を押され、リオールは不安な思いを抑え込み、前を向いて歩いた。

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