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第77話
静かな部屋に突然「あっ」と清夏の驚くような声が響いた。
何事か、と俯きがちだった顔を上げる。
「──っ! アスカ!」
薄らと、アスカの目が開いていた。
しかし、意識は朦朧としているようで、名前を呼ぶが反応が薄い。
「──殿下、失礼します」
医務官はすぐさまアスカの顔を覗き込み、何度か声をかける。
リオールは少し距離をとり、決して医務官の邪魔にはならないように徹した。
「アスカ様、私の声が聞こえますか。聞こえておられましたら、一度、瞬きをしてください」
ゆっくりとアスカは目を閉じて、再び開いた。
リオールはぐっと涙しそうになるのを堪え、強く拳を握る。
「何があったか、覚えておりますか。覚えておられましたら、また、もう一度、瞬きをしてください」
「……」
少し時間が開けて、閉じられた目。
医務官は頷くと、リオールに向き直る。
「一先ず、峠は越えました」
「っ、」
ワッ、と従者たちの声が上がる。
陽春に寒露、清夏に薄氷も、涙を流すほど喜んでいる。
「アスカ様、お水です。少しずつお飲みください」
匙にすくった水を、医務官がアスカの口元に持っていく。
途端、アスカは大きく身体を震わせた。
顔を見れば、ひどく怯えているのが分かり、リオールはハッとする。
毒を飲んで苦しんだアスカは、何かを『飲む』という行為が、怖いのではないか。
「──アスカ、飲むのが怖いのか……?」
「……っ、」
泣きそうに歪んだ顔を見て、リオールは思わず唇を噛み締めた。
「これは、ただの水だ。怖いのなら、まずは私が飲もう」
「ゃ……」
小さく拒否する声。
リオールは眉を八の字にすると、そっとアスカの頬を撫でる。
「だが、水分を取らねば」
「……」
アスカの目から、ポロリと零れる涙。
リオールはそれを指先で拭うと、医務官から匙を預かる。
「私の手からであれば、飲んでくれるか……?」
アスカの睫毛が、ふるふると震えた。
一度、ゆっくりとまぶたを閉じる。
その瞬きが、どんな返事よりも雄弁に、リオールの胸を満たした。
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