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第78話

 リオールはそっと、匙に水をすくい直す。  その手は驚くほど静かで、丁寧で、まるでガラス細工を扱うかのようだ。 「……ありがとう。飲もう、ゆっくりでいい」  震える唇に、慎重に水を運ぶ。  アスカの喉がかすかに動いた。  それだけのことに、涙が出そうになるなんて。    ひと匙ひと匙を丁寧に運び、医務官が頷いたのを確認した。 「まだ、飲めるか?」 「……」  微かに、首が横に振られ、リオールは匙を医務官に返す。  ひと段落着き、アスカが目を覚ましたことで、俄然早く犯人を捕まえねばと怒りが湧いてくる。  アスカはまた、医務官、そして清夏に任せ、再び調査を再開しようと、立ち上がろうとしたリオールだったがしかし、わずかな違和感を覚え、不意に視線を下げた。 「……」 「っ、」  リオールの服を、キュッと掴んでいるアスカの姿が目に入った。  まだ熱に浮かされているアスカの、少し赤くなった目元。  じっと見つめられると、まるで『行かないで』と言われているようだった。  リオールは調査に戻るのをやめ、服を掴んでいたアスカの手を取る。  小さなその手は、まだ熱を帯びていて、力も弱々しかった。  けれど、そのか細い力は確かに、リオールを引き止めていた。 「──そうだな。今日は、ここにいる。ずっと、傍に」  言葉とともに、アスカの指先が微かに震えた気がした。  安堵か、涙か、もしくはどちらもか。  リオールはアスカの隣に腰を下ろし、その手を包み込むように握る。  まるで、『もう大丈夫だ』と伝えるかのように。  窓の外では、月が光り輝いている。  それは──二人にとって、ひとつの救いの光のようだった。

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