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第83話
「──私は、やはり、陛下の足元にも及ばぬな」
「殿下……っ」
「……おおよそ、小春はただの手先に過ぎぬ。きっと陛下は、後ろで糸を引いている人物までも──既にお分かりになられていることだろう」
ハッと、乾いた嘲笑が漏れた。
陽春は、初めて見た気がした。
完璧であるはずの皇太子が、自らの無力に呻く姿を。
──しかし。
リオールは、目を伏せたまま、静かに思う。
いずれ、陛下に匹敵するだけの力を持たなければならない。
どんな迷いも、弱さも、今この場で置いていく。
誰よりも大切な人を、もう二度と傷つけさせないために。
──だが、それでもなお、引っかかる。
「……なぜ、陛下はそのようにお動きになられたのだ。これまでは、アスカと私のことなど、それほど気にかけておられなかったはずだ」
「そこまでの言伝は預かっておりません。──どうか、ご自身でご確認ください」
近衛兵の目には、無色透明の静けさが宿っていた。
その瞳は、どれほどの命令を受け、いくつの闇を潜ってきたのだろう。
何も告げず、何も揺らさず、彼は一礼だけを残して、静かに踵を返した。
その背を、誰も引き止めることはなかった。
リオールは、陽春に視線をやる。
一度だけ頷いた彼は、すぐに国王陛下に取り次ぐため、使いを走らせた。
「──殿下、少々よろしいでしょうか」
時間にして、昼を過ぎたころ。
王に会う許可が出るのを静かに待っていたリオールに、薄氷の控えめな声が掛けられた。
「ああ、どうした」
「先程、アスカ様のご様子に関する報せが届きました。しばし、席を離れてもよろしいでしょうか」
「……それは、かまわないが。アスカがどうかしたのか?」
薄氷は苦悩の色を浮かべると、静かに頭を下げる。
「……お食事を、召し上がられないそうです。おそらく、毒を盛られたことにより、『食事を取る』という行為そのものに、恐怖を感じておられるのだと思います」
「なんと……」
リオールは額を押さえ、小さく息を吐いた。
──食べることは、それ即ち、生きることだ。
その行為にさえ怯えるというのなら、体も、心も──いずれ本当に壊れてしまうかもしれない。
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