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第85話

「──小春の背後には、必ず誰かがいる。その者は、私のように動くこともできよう。お前がそれを捉えるには、並の手では届かぬ」  王はゆるやかに立ち上がった。玉座を背に、階段を一歩一歩、静かに降りてくる。  そして、その場に立ち止まり、鋭く言い放った。 「──この国の王になるつもりがあるのならば、その程度の輩、一人で炙り出せ」  鋼のような視線が、リオールをまっすぐに射抜く。  それは問いではなかった。試練であり、宣告だ。  王たる者とは、全てを見通し、制し、冷徹でなくてはならぬ。  ──その責を負う覚悟が、お前にあるのか、と。  しばらくの沈黙を破り、リオールは目を伏せるでもなく、まっすぐ前を見据えたまま口を開く。 「……必ず、突き止めてみせましょう。そして、アスカを、誰にも傷つけさせはしない」  その声音には、震えも、迷いもなかった。  言葉は静かに、だが深く響き渡る。  王はふっと唇をゆがめた。  微笑とも、皮肉ともつかぬその笑みに、ほんのわずか──ごくわずかだが、満足の色が滲んでいた。 「──皇太子よ。そなた、帳簿も確認したのであろう? 何か、わかることはあったか? ──いや、あるはずがない」  言葉に込められる重みが、音より先に胸に落ちる。 「証拠など、何一つ残ってはおらぬ。金の流れも、何もかもだ。あらゆる痕跡が見事に拭い去られていた。──だがな」  王の声が、一段と低く、鋭くなる。 「だからこそ、『違和感』というものがあるのだ」 「違和感……ですか」 「そうだ。完璧すぎる偽装というものは、時にそれだけで異物なのだ。人の手で造られた『完全』など、自然の中にはあり得ぬ」  王の瞳が、どこか遠くを見ている。 「やがてそれは、形を取る。糸のほつれとなって現れる。──その兆しを掴み取るのが、王の目というものだ」 「……しかし、それは直ぐに形となるものでしょうか」 「さあな。──だが、一先ずは小春という女官の処遇をどうするか、だ」  リオールは、強い目で王を見つめた。 「私に、お任せくださいませんか」 「──よかろう。──炎昼(えんちゅう)」 「ここに」  王は側仕えを呼び、それに応えた炎昼が静かに現れる。 「案内してやれ」 「かしこまりました。──殿下、こちらへ」  リオールは王に言われるがまま、炎昼について外に出た。

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