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第86話

 案内されたのは、リオールも知れない地下牢でった。  湿度の高くカビの臭いが鼻につく。  思わず顔が歪むが、足を止めることはしない。  そうして、暗がりのなか、囚われている一人の女がいた。  服は汚れ、髪は乱れている。   「──そなたが、小春か」 「っ、……?」  俯いていた彼女は、ゆっくりと顔を上げると、怯えた表情でリオールを見た。 「こっ、皇太子、殿下……」 「……ああ。こんなところから、早く出たいであろう。私に、事の一切を話せ」 「っ、」  同じ目線の高さになるよう、リオールは膝を折る。  陽春は驚きに目を見張ったが、何も言うことなく、じっとしていた。 「わ、私は……私はっ、言われたことを、したまでで……っ」 「なぜ、あのような事を?」  リオール達は事件の真相を確信していない。  何かが混入されたが、いつ、どこで、何が混入されたのかは、わからなかった。  だからこそ、誘導してでも答えさせねばならない。 「……っ、渡されたのです。あの薬を、入れろと。決して、誰にもバレるものではないから、と」 「……その薬は、何だったんだ」 「……」    黙って俯いてしまった彼女に、それでもリオールは根気強く問いかけた。 「話してくれ」 「……私が聞いたのは、あれは、透熱粉(とうねつふん)、だと」 「透熱粉……それは、痰切り薬のはずだが……。──まあ、良い。それで、指示を出したのは誰だ」 「それは……っ、」    小春の声が震えている。  何かに酷く脅えているようだ。  その対象は目の前のリオールではない。 「──妹がいるのです」  小春は震える声で、ぽつりと呟いた。 「……まだ、小さい子です。両親はいません。私が働かねば、生きてはいけなくて……。あの子は……弱い子で、薬がなければ……っ」  嗚咽が混じる。肩が震え、顔を覆っている手から涙がぽたぽたと落ちていた。  リオールは、何も言わずにその涙を見つめた。

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