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第87話
「最初は──ただ荷物を届けるだけでした。次は、誰かの行き先を教えるだけ。そうして、だんだん……その要求は大きなものになって……」
一度、言葉が区切られる。
リオールは何を言うことも無く、黙って小春が話すのを聞いていた。
「『あの方』は、言いました。私が断れば、妹の薬は届かないと」
それが、彼女が背負っていたものであった。
「誰かの命と、妹の命……そう言われたら、私は……っ」
リオールはそっと目を伏せる。
弱き者を狙うそのやり方が、あまりにも卑劣だ。
しかし、それでも。
「……小春。そなたのしたことは罪だ」
「……はい。わかっています。謝って許されることではないとも……」
「──だが、しかし、そなたは今、自白してくれた。そして、そなたを動かしていたのは恐怖だ。だからこそ、そなたを脅した者を、私は許せない」
リオールの声は、冷たく、そして深く静かだった。
小春は希望を込めた目でリオールを見上げる。
「妹の居場所はわかるか?」
「……っはい、王都の外れの、診療院に。妹は、何も知りません。どうか、どうか、あの子には……っ」
「わかった。そなた代わりに、私が妹を保護しよう。──だから、小春。最後に、もうひとつだけ聞かせてくれ」
リオールは目を細め、静かに問いかけた。
「『あの方』とは──どんな人物だった?」
「……っ」
小春は一度、怯えたように息を呑み、だが覚悟を決めたように口を開く。
「顔は、見たことがありません。けれど……男の方で、話し方は穏やかで……でも、どこか、冷たい声でした」
「何か、癖のようなものは? 話し方でも、仕草でも……。些細なことでも構わない。何か、無いか?」
小春はグッと眉間に皺を寄せ、記憶を遡る。
そして、ある瞬間ハッとした表情を見せた。
「……あ、ありました。一つだけ……その方は、話の終わりに、必ず『お気をつけて』と言うんです」
「お気をつけて……?」
「はい。必ず、いつもです。まるで……何かがあった時は、切り捨てられるような……。有難いお言葉なはずなのに、どこか冷たくて……。いつも、漠然とした不安を感じておりました……」
目を伏せた小春に、リオールは小さく息を吐いた。
「ありがとう。妹は必ず我々が保護する。そなたはもう少し、ここで身を隠しておいてほしい。何があるか分からない」
「……私は罪人です。私はどうなっても構いません。ですから……妹だけは、どうか」
「ああ。……そなたの、本当の名は、なんだ」
小春は顔をゆがめ、涙を流す。
「葉月で、ございます」
「……葉月。妹のことは安心しなさい」
頷いた──葉月を見て、リオールは立ち上がる。
そうして静かに地下牢を後にした。
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