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第89話

■■■  アスカは目の前に差し出された料理を見て、ぐらぐらと瞳を揺らしていた。  湯気の立ったいい香りのする料理だ。  きっと、料理人は丹精を込めて作ってくれたのだろう。 「アスカ様、これであればお口に合うかと。どうか、一口でもかまいません。お召し上がりください」  清夏の声は優しくて、気遣うようだ。  すぐそばに居る薄氷も、何かを言いたげにアスカを見つめている。  しかし、アスカはそれに手を伸ばすこともできず、小さく首を横顔に振った。  ──喉が、焼ける。  あの日、あの一口を飲み込んだ瞬間の灼熱が、記憶に刻まれている。  あの熱さが、再び自分を襲うのではないか──その恐怖が、食べることを拒否する。 「……」  朝から、何も口にしていなかった。  空腹を感じて、胃のあたりがきゅう、と痛む。  それなのに、どうして。どうして、食べられない。  情けなくて、悔しくて、気づけば頬を涙が伝っていた。  袖で拭っても、涙は止まらなかった。  清夏と薄氷の息を飲む音が聞こえる。  二人にも、迷惑ばかりをかけてしまっている。  そんな自分が、あまりにも無力で──悔しい。  アスカは、ぽたり、と膝の上に涙を落とした。  声を出すこともできない。  ただ、静かに、泣いていた。  ──そのときだった。  「アスカ」  扉の向こうから、聞き慣れた声が届いた。  思わず顔を上げる。  心の奥に灯る、あたたかな光のような声音だった。  開かれた扉から、愛しい人が現れる。  彼──リオールを見た瞬間、アスカは彼に向かい、手を伸ばしていた。  彼は拒むことなく、そのたくましい腕でアスカを包み込む。 「ああ、こんなにも泣いて……。傍にいられなくてすまなかった。ほら、泣くのをやめて、顔を見せてくれ」 「っ、……っ」  髪を撫でられる。  顔を上げれば、柔らかい表情をした彼が見下ろしていて、濡れた頬に唇が触れた。

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