90 / 207
第90話
アスカが泣き止むまで待っていてくれたリオールに、まだ濡れていた頬をそっと拭われる。
甘えるように彼の膝の上に座り、体を預けていたアスカは、言葉を伝えたいのに声が出ないもどかしさに唇をへの字に歪めた。
「どうしてそう可愛らしい顔をするのだ」
「……」
「ああ、そうか……。声が出ないことに、腹が立っているのだな?」
「!」
心を言い当てたリオールに驚いたアスカは、目を見開くとコクコク頷いて、喉を撫でた。
「もう数日もすれば、元に戻るだろう」
「……」
「大丈夫だ。私はアスカの言いたいことがわかるぞ。なぜだと思う?」
「……?」
小首を傾げたアスカに、リオールはふっと笑う。
「アスカを愛してるからだ」
「!」
「ああ、顔が赤くなった」
真正面から『愛してる』と言われ、照れない方がおかしい。
アスカは指摘された赤い顔を隠そうと、リオールの肩に顔を埋める。
くすくすと笑う声が、振動が伝わり、アスカは少し心が軽くなるのを感じた。
──しかし。
「食事を取れないと聞いたぞ」
「っ……」
「食べることが、怖いか」
唐突にそう問われ、アスカは固まった。
すぐ傍にある手付かずの料理。
心配そうにこちらを眺める清夏と薄氷。
アスカは叱られてしまうかもしれないと思い、袖の中で手を握る。
「アスカ、怒っているわけではない。緊張せずともよい」
「っ、」
「声が出ないほど喉を痛めたのだ。きっと、想像ができないほど、痛かったのだろうな」
リオールの大きな手が、そっと喉に触れる。
ビクッと小さく体を跳ねさせたアスカは、目をきゅっと閉じた。
「……すまない。驚かせてしまったな」
「っ、」
「アスカ、私からひとつ、提案が」
アスカは睫毛を震わせながら、ゆっくりと目を開けてリオールの瞳を見つめる。
「ひと口だけでもいい。怖くなったのなら、吐き出してもいい。──私の手から、受け取ってはくれないだろうか」
リオールのいつもより力のない声。
優しさの中に、僅かな不安が含まれた声に、アスカは戸惑ってしまった。
ともだちにシェアしよう!

