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第90話

 アスカが泣き止むまで待っていてくれたリオールに、まだ濡れていた頬をそっと拭われる。  甘えるように彼の膝の上に座り、体を預けていたアスカは、言葉を伝えたいのに声が出ないもどかしさに唇をへの字に歪めた。 「どうしてそう可愛らしい顔をするのだ」 「……」 「ああ、そうか……。声が出ないことに、腹が立っているのだな?」 「!」  心を言い当てたリオールに驚いたアスカは、目を見開くとコクコク頷いて、喉を撫でた。 「もう数日もすれば、元に戻るだろう」 「……」 「大丈夫だ。私はアスカの言いたいことがわかるぞ。なぜだと思う?」 「……?」  小首を傾げたアスカに、リオールはふっと笑う。 「アスカを愛してるからだ」 「!」 「ああ、顔が赤くなった」  真正面から『愛してる』と言われ、照れない方がおかしい。  アスカは指摘された赤い顔を隠そうと、リオールの肩に顔を埋める。  くすくすと笑う声が、振動が伝わり、アスカは少し心が軽くなるのを感じた。  ──しかし。 「食事を取れないと聞いたぞ」 「っ……」 「食べることが、怖いか」  唐突にそう問われ、アスカは固まった。  すぐ傍にある手付かずの料理。  心配そうにこちらを眺める清夏と薄氷。    アスカは叱られてしまうかもしれないと思い、袖の中で手を握る。 「アスカ、怒っているわけではない。緊張せずともよい」 「っ、」 「声が出ないほど喉を痛めたのだ。きっと、想像ができないほど、痛かったのだろうな」  リオールの大きな手が、そっと喉に触れる。  ビクッと小さく体を跳ねさせたアスカは、目をきゅっと閉じた。 「……すまない。驚かせてしまったな」 「っ、」 「アスカ、私からひとつ、提案が」  アスカは睫毛を震わせながら、ゆっくりと目を開けてリオールの瞳を見つめる。 「ひと口だけでもいい。怖くなったのなら、吐き出してもいい。──私の手から、受け取ってはくれないだろうか」  リオールのいつもより力のない声。  優しさの中に、僅かな不安が含まれた声に、アスカは戸惑ってしまった。

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