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第91話

 視線は切れることはない。  彼の言葉からは強制の響きはなく、選択肢を与えられていることがわかる。    例えばここで拒否したとしても、リオールは怒ったりしないだろう。 「駄目か……?」  本当は、まだ怖い。  けれど――彼の想いを、踏みにじりたくなかった。  アスカは小さく頷いた。  これにリオールは喜んで、アスカを強く抱きしめる。 「っん、」 「ありがとう、アスカ」  そうしてリオールは果物を用意させた。  しかし、それは切られたものではない。  真っ赤なまるまるとした林檎と、その隣には切れ味の良さそうな包丁がある。 「ここで、目の前で見ていた方が、安心できると思って用意させた」 「……、」 「さて、私が皮を剥いてみよう」 「!」 「こういったことをするのは初めてだな」  ──まさか、リオール様が!?  アスカは慌てて清夏と薄氷を見たのだが、二人は黙っているだけで。  次に陽春を見たけれど、彼らもただ穏やかに微笑んでいるだけである。    どうして誰も止めないんだ!  怪我をされたら、どうすれば……!  アスカが焦っている間にも、リオールは林檎と包丁を手に持ち、するすると皮を剥いていく。  そうして裸になった林檎を見て、アスカは思わず笑いそうになった。 「……っ、」 「……私に、料理の才能は無いようだ」  あんなにもまるまるとしていたリンゴは、凸凹で小さくなってしまっている。  リオールもその林檎を見て、なんとも言えない表情をした。  つい肩を揺らしたアスカに、リオールは「笑うでない……」と言うが、こればかりは面白くて。  完璧だと思っていた彼のこうした姿を見られて、嬉しい。  なにより、自分のために初めて挑んでくれたことが、心の奥をそっと、あたためてくれる。

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