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第93話

□  四半刻が経つ頃。  ぼんやりと目を開けたリオールを、アスカは穏やかな顔で眺めていた。  目が合うと、細められた深い藍色の瞳。   「……ああ、神の遣いかと思ったぞ」 「!」 「美しいな。目覚めて初めて見るものが、こんなにも美しいと、心穏やかになるのだな」  恥ずかしげもなく、スラスラとアスカの容姿を褒めるリオール。  アスカの方が恥ずかしくなる。  なぜなら、この部屋には二人だけではなく、従者達がいるのだから。  あまりにも無礼だとわかっていながら、慌ててリオールの口を手で塞ぐ。  驚いた彼は、目を見開くと、喉の奥でくつくつ笑いながら、アスカの手を取った。 「どうせ塞ぐなら、唇で頼む」 「〜っ!」 「さあ、口付けを」  目を閉じて待っている彼。  冗談だとはわかっているのだけれど、アスカは慌てふためいてしまい、彼の肩に触れた。 「……っ、」 「アスカ、まだか」 「ぅ……」  アスカの心臓は、まるで耳のすぐそばにあるかのようにドキドキとうるさく弾んでいる。  震える息を殺しながら、そっと顔を近づけた。触れるか触れないかの距離で迷い、けれど──意を決して、唇を重ねる。  すぐに顔を離し、アスカは唇を噛む。    ──恥ずかしい……! 顔から、火が出ちゃいそうだ……!  熱くなる頬に両手を当てる。  ゆっくりと目を開けたリオールは、満ち足りたように微笑み、アスカの両手首をそっと包むように掴んだ。 「嬉しい」 「……」 「胸があたたかい。幸せだ」  体を起こした彼にそっと抱きしめられる。  髪を撫でられ、そのまま輪郭を辿り顎を掴んだ彼に顔を上げさせられる。 「──んっ」 「……また、来る。次も、少しでいい。アスカの傍で眠らせてくれ」  再び重ねられた唇。  そして紡がれる言葉に、アスカは眉を八の字にして微笑み、静かな返事をした。

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