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第94話
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アスカのおかげで少し眠ることができ、頭が冴えたリオールは、皇太宮へ戻るなり机に向かった。陽春と寒露が側に控えている。
「殿下、顔色が良くなられましたね」
「ああ。体も少し軽い気がする。アスカのおかげだな」
頬を緩める二人に、リオールも小さく笑う。だが、内心では別のことを考えていた。
──葉月。仮名は小春。あの夜、配膳係に成り代わって毒を盛った張本人。
すでに彼女は捕らえられ、妹の保護を条件に口を開いた。動機は、「あの方」と呼ばれる男の命令──そして、妹を守るため。
ふいに寒露が一礼し、発言する。
「──殿下、透熱粉について調べもつきました。無色無味の粉末で、痰切りの薬として裏市場にて扱われているようです。通常の服用では問題は無いようですが……加熱されたものに入れることで活性化し、粘膜に対し火傷のような痛みが現れるとのことです」
「なるほど。……だから、汁物に入れたのか」
「はい。そのようです」
毒の正体がわかり、ふむ、と顎を撫でる。
「……お気をつけて……と、言う男。まるで高みの見物をするような物言いだな。……思い当たる節はあるか?」
「……あの話を聞いてから、どうにも心に引っ掛かっておりまして」
陽春は少し厳しい顔でそう言った。
リオールは同意するように一度頷く。
「私もだ。何度も考えたが、私自身もそのような言葉を、掛けられたことがある気がする」
葉月の証言には、断片的ながら確かな手がかりが残っていた。
決して多くを語らず、だが常に命令の中に言葉を忍ばせる──「お気をつけて」
その言葉は、一度だけ、確かに耳にしたことがある。それは幼少の頃だったはず。
「奴はきっと、こちらの動向を見張っているのであろうな」
「では……こちらから、動きを仕掛けますか?」
「いや。焦りは禁物だ。落ち着いて考えねば……」
リオールは机に手を置き、深く考え込む。
目を閉じ、葉月の供述、犯行の動機、そして「お気をつけて」という声の調子──すべてを結びつけて、脳内で再構築する。
浮かび上がってくるのは、ただの名ではない。
人となり。態度。目線の高さ。
「──近く、陛下も出席なされる定例の会議があるはずだ」
「はい。二日後に予定されております」
まだ決めつけるには早い。だが、勘は告げている。
『あの方』はおそらく、幼い頃から王宮にいて、皇太子のリオールと話すことができるほど、位の高い人物だ。
「……また、陛下のお力をお借りすることになりそうだ」
陛下は自分をどう評価するだろう。
少しの期待と、大きな不安。
唾液をゴクリと飲み込んだ。
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