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第95話

□  静まり返った会議の間。  王が正面に腰掛け、左右にずらりと並ぶのは、代々この国を支えてきた高位の大臣たちだ。  その一角では、見学という名目でリオールは静かに座していた。すでに陛下の許可も得ており、誰もがその存在を認めながらも、どこか探るような視線を注いでいる。  議題がいくつか進んだのち、一人の大臣──アルドリノール卿がふと顔を上げ、まっすぐにリオールを見た。 「……殿下の番となる──例のお方ですが、毒を盛られたと聞きました」  会議室の空気がわずかに動いた。  柔らかな笑みを浮かべたまま、その男は続ける。 「ご容態はいかがです? この国にとっても貴重なお方でしょう。あまりご無理はさせぬよう……」  丁寧な口ぶり。だが、その声の底には、微かに嘲るような響きが潜んでいた。  リオールは唇を引き結びながらも、淡く頭を下げる。 「ご心配、感謝します。アスカは順調に回復しております」 「そうですか、それは何より。──で、犯人の手がかりなどは?」  ピリ、と緊張が走る。だがその瞬間、王が椅子をわずかに引いた音が響き、低く重い声で言葉を発した。 「会議の場で問うことではあるまい。……さっさと本題に戻らぬか」  言外に「黙れ」と告げる、威厳ある声音。  卿は肩をすくめ、小さく「失礼致しました」と呟いて口をつぐんだ。  やがて会議が終わり、大臣たちが席を立ち始める中、件の男がリオールのもとへと近づいてくる。 「殿下、本日はお疲れさまでした」  表情はにこやか。だがその笑みにも、どこか薄氷のような冷たさがある。 「番を狙われるとは……そやつも、なかなか、大胆なことをされますな」  心配を装った言葉。リオールはわずかに目を細めた。 「ええ。……ですが、そう簡単に脅えるような者ではありません」  そう返して、リオールは一礼し、会議室を出ようと足を向ける。  そのとき、男がふと声をかけた。 「──お気をつけて」  足が止まった。  一瞬だけ。ほんのわずかに、リオールの肩が揺れる。ゆっくりと振り返ることはせず、ただ静かに言葉を落とす。 「……そなたもな」  それだけを言い残し、リオールは部屋を後にした。  ──確信した。  あの声。あの響き。  間違いない。  『あの方』──葉月が語った男の正体は、今この会議室にいた、あの男──アルドリノール卿だ。

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