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第96話

 リオールは急いで皇太宮へ戻ると、陽春にアルドリノール卿について調べさせた。  出生から、今まで。  一族の構成に──これまで見過ごされてきた悪事。  そうしてわかったことと言えば、アルドリノール卿の娘がオメガであることだった。  どうやら一度、訓練で会ったことがあるらしい。  リオールの記憶にはそれほど残っておらず、顔も薄らとしか思い出せない。 「……アスカを亡き者にして、自分の娘を后に据えるつもりだったのか」 「……おそらく、そのお考えで、間違いはないでしょう」  目を伏せた陽春。  リオールは強く机を叩くと、悔しさに顔を歪めた。  ここまで来ても、目前まで答えが迫っていても、なお、証拠が見つからないのだ。    きっと、卿は諦めない。  どのような手を使ってでも、アスカを殺めようとするのだろう。 「……許さんぞ」  低い声に空気が揺れる。  しかし、リオールはここからどうすれば卿を断罪できるのか、その手がかりが掴めない。 「──行き詰まっているようだな」 「! ──陛下!」  重たい空間を割いてやってきたのは、涼しい顔をした国王だった。  リオールは慌てて礼をすると、王に椅子を明け渡す。 「今日の会議で、何か掴めたか」 「──はい。おそらく、いえ……確実に、犯人はアルドリノール卿でしょう」 「──そうであろうな」  リオールは目を見張る。  まさか、王はわかっていたのか、と。 「彼奴は昔から、穏やかな振りをして、裏では非情なことをやってのける。余も時に振り回されたものだ」 「陛下が……?」 「ああ。……お前の母がここを出ていった理由も、奴にある」 「なっ……」  まさか、そんなこと。  リオールはギリっと歯を鳴らし、そして片手で顔を覆った。 「どうして……どうして陛下は、そのようにしていられるのですか……」 「そのように? お前の目に、余は、どう映っているのだ」  興味深そうにリオールを見る王は、僅かに口角を上げている。 「私は……母上が王宮を出て行ってから、何一つとして楽しいことは無かったのです。きっと、私が生まれなければ、母上はここで……何不自由なく暮らしていたでしょうから」  王はただ静かにリオールの話を聞いている。 「ですが、ようやく、アスカという人と出会い、乾いた心が潤っていくように感じました。アスカが掛けてくれる言葉も、見せてくれる表情も、全てが愛しい。──これが『幸せ』なのだと、知ったのです」 「……」 「そんなアスカを、失いそうになりました。これまで、そのような恐怖を味わったことはありません。もう二度とこんなことがないように、守らなくてはと、必死で……」

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