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第97話

「陛下は、母上が王宮を去った時、何も感じなかったのですか……? 先程、母上が出て行かれたのは、アルドリノール卿が理由だと仰いました! どうして、何もなさらなかったのです……!」  母上を傷つけられた。  そして、それを見て見ぬふりした陛下。  リオールは怒りと悲しみで胸を詰まらせる。  暫く黙していた王は、静かにリオールを見ると、小さく息を吐いた。 「お前の母──エルデは誰よりも強いオメガだった」 「!」 「お前を産み、その性別がわかってすぐ、アルドリノールは、他の側室達にエルデを貶しめるように指示していたのだ。……そうすれば、生まれてきた子どもを皇太子に据えるよう、余に進言してやる、と」 「……」 「エルデはそれでも気にしていなかったのだ。余は正しい選択をするだろうと、信じてくれていた。そして余もお前を皇太子とすることしか、考えていなかった」  初めて聞く陛下と母上の過去に、リオールは自然と眉を寄せていく。 「それが崩れたのは、ある日の夜のことだ。きっと良からぬ噂を聞いたのだろうな。エルデは余に『裏切った』と言って、襲いかかってきたのだ」 「!?」 「何のことだか、さっぱりわからなかった。いまも、よく分かってはいない。しかし、エルデは余が許せなかったようで、……刺されてしまってな」 「さ、される……?」 「ああ。しかし傷は浅かった。だから秘密裏に処理しようとした。──だが、エルデは余を傷つけたことで心身を病んでしまったのだ」  リオールは足元をふらつかせ、机に手を着いた。  まさか、そのようなことが。 「余はできる限り傍にいて『怒っていない』と伝えようとしたのだが、エルデはそれを拒んだ。そうして少し時が経ち──お前を置いて、王宮を出ていってしまった」 「そ、れでは……陛下は、ただ──」 「余は、そなたとあのオメガ──アスカが、愛し合っているのを知っている。余も、昔はエルデとそうであったからな」  王は少し寂しさの混ざった笑みを零す。  それは過ぎ去った過去を愛でているようにも見える。 「しかし、愛だけで、国は動かせないとも、知っている」 「……」  王の言葉が重たく、リオールの背に伸し掛る。  

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