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第100話
久しぶりの外気に、肌がぴりりと震える。
白銀の雪が、まるで絨毯のように世界を包んでいた。
足跡を残しながら、サクサクと歩く。
「アスカ様、小半刻ですからね」
「はい」
アスカが転けてしまわぬようにと、薄氷がすぐ支えられる位置に立っている。
「薄氷さんは、寒くないですか」
「私は大丈夫です。お気遣い痛み入ります」
「寒くなったら、私の為に、用意してくださった、羽織を着てくださいね」
「! それは、できかねます……」
「では、清夏さんが──」
「私も遠慮します」
二人に『要らない』と言われ、アスカは唇をツンとさせる。
しかし、不意に聞こえたざわめきに、顔を上げて辺りを見渡した。
「何か、あるのですか……?」
「少し、聞いてきます」
近くで大臣たちがざわめいている。
兵士も、どこか浮き足立っているようだ。
大臣達の傍に向かった清夏は、少し言葉を交わしてすぐに戻ってきた。
その顔色はいつになく明るい。
「アスカ様、どうやら、近々王位継承の儀が行われるそうです」
「王位継承……って、で、殿下が……?」
「ええ。そのようです」
薄氷の表情も明るくなる。
アスカは、けれど……と不安を抱いた。
「国王陛下は、どうして……?」
「それは……分かりかねますが……」
「……殿下は、大丈夫、かな」
「ご心配であれば……お会いになりますか?」
「……」
お忙しくはないだろうか。
暫く地面に視線を落としたアスカは、どこからかザクザクと雪を踏み締める音が聞こえて顔を上げた。
「あ……殿下……!」
「アスカ」
そこには今しがた話題にしていた渦中の人物が。
彼の表情は明るく見える。
しかし、寒いのか鼻が赤くなっていた。
「い、今、声が出たのか!」
「ぁ……少し、ですが……」
リオールは足元の雪を踏み鳴らしながら駆け寄り、嬉しそうに笑うと、唐突にアスカを抱き上げ──くるりと一回転した。
「わぁっ」
「声が聞けて嬉しいぞ!」
「っ、殿下、は、恥ずかしいので、おろして……っ」
そう言えば地面に下ろされ、ぎゅっと抱きしめられる。
寒いのに、心はあたたかい。
「名前を呼んでくれ。ずっと、そなたに名を呼ばれるのを待っていた」
「っ!」
「ほら、早く」
確か昔、同じようなことがあった気がする。
アスカはあの頃よりもずっと呼び慣れた彼の名を、そっと紡いだ。
「リオール様。──私も、ずっと貴方のお名前を、お呼びしたかった」
「!」
「私のために、休みなく、動いてくださったと聞いております」
背の高くなった彼を見上げながら、そっと胸元に手を添えた。
「こんなにも、嬉しいことはございません。──ありがとうございます」
素直な気持ちを伝える。
リオールの柔らかな笑顔が、アスカの胸を震わせた。
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