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第101話

□ 「王位継承の儀が、近々執り行われることになった」 「……はい。先程、少し耳にしました」  冬の寒さに耐えられず、ついクシャミを零してしまった。  するとリオールは慌てた様子で「室内へ」と言い、アスカの住まいに入る。  火鉢で温まりながら、穏やかな時間を過ごしていた。 「おめでたい事です。──ですが、私は、国王陛下のお考えが読めません……」  アスカは、こんなことを言っていいのか分からないが……と俯きながら言葉を落とした。 「……考え?」 「……はい。恐れ多くも、過去に行なわれたことが私にとっては、非常に衝撃的で……」 「……あの件については、私も未だ怒っている。──しかし、此度は陛下のお手をお借りしたのも事実。そして……私はこれまで、思い違いをしていたようでな」 「思い違い、ですか」  リオールはひとつ頷く。  しかし、アスカの心は晴れなかった。  それどころか、どうして陛下を庇うのかという気持ちが、心のどこかに生まれてしまう。 「あのお方は、──多くのことを、諦めておられたのだ。しかし、私達を見て、お考えを変えられたらしい」 「……」 「今すぐとは言わぬ。だが、いつかは、陛下を──父上を、信じてほしい」  アスカは静かに目を伏せる。  彼の言葉を受け入れたい。しかし、そうしようにも、これまで負った心の傷が深く、簡単には頷けない。 「……はい。ですが、信じるというのは、私にとって、簡単なことではありません」    指先で湯呑の縁をなぞる。  湯気が静かに立ちのぼり、その向こうにあるリオールの瞳を、少しだけ見づらくさせていた。 「これまでのことを考えると、信じて、裏切られるかもしれないと思ってしまいます。……私は、臆病なのです」  リオールは何も言わず、ただアスカの隣に座り、そっと手を重ねた。  その手は、火鉢のぬくもりと同じくらい、優しかった。 「それで構わない。そなたがそう思えるのは、心を持っている証だ」 「……リオール様」 「だが、私は約束する。何があっても、そなたの隣にいる。父上がどうであれ、そなたを一人にはしない」  アスカの心に、ふわりと何かが舞い降りる。  信じたいと思ってしまう。この人の言葉だけは。 「……それは、ずるい言葉です」  そう言って、アスカは微笑んだ。 「私は、信じてしまいたくなるじゃないですか」  リオールもまた、ほっとしたように笑みを浮かべる。 「なら、信じてくれ。私のことだけでも」 「……はい」  小さく頷いたその横顔を、火の明かりがそっと照らしていた。   ──そして、継承の儀が近づくにつれ、王宮の空気が少しずつ変わっていく。  だがこの時アスカは、たとえ何が起きようとも、リオールの隣にいたいと、心の奥で静かに決意していた。  

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