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第102話

□  ザリ……と、絨毯の上に、兵の靴が擦れる音が響いた。  大広間は、息を呑むような静けさに包まれている。  並び立つ貴族たちも、正装のまま微動だにせず、ただその瞬間を待っていた。  天蓋の高みに飾られた王家の紋章。  壇上の王座の前には、──リオールが、静かに立っていた。  祝詞を唱える低い声が広がる。  その言葉に合わせるように、両脇の兵が剣を掲げ、厳かな音が空気を震わせた。  王が冠を脱ぎ、跪くリオールの頭にそっと乗せる。 「──今、ここに、新たなる王が誕生しました」  途端、声高らかに響いた声。  そこに居た者は皆「国王陛下、万歳」となんども両手を上げる。  仄かに笑みを浮かべるリオールを、アスカは遠くから目を潤ませ、眺めていた。    まさか、彼が国王となる姿を、こんなにも近くで見られるだなんて。  ただの平民であったのに。  リオールはゆっくりと立ち上がり、静かに場を見渡す。  その顔に浮かぶのは、満足でも驕りでもない。  凛とした誇りと、深い覚悟の滲む笑みだった。    アスカは、群衆の後方から、その姿を目にしていた。  胸が熱くなる。呼吸が浅くなる。  あの人が──リオール様が、ついにこの国の頂に立たれた。  まさか、こんな日が来るなんて。  ただの平民として生きていた自分が、この瞬間に立ち会えるだなんて。  目頭が熱くなるのを感じて、アスカはそっと視線を逸らした。  涙は似合わない。今はお祝いの席。  この場に流すべきは、涙ではなく、笑顔のはずだ。 「もう、殿下では無くなるのですね……」 「ええ。これからは──陛下とお呼びしなければなりません」  清夏が隣で小さく囁き、薄氷がうんうんと頷いた。 「陛下……ふふ、今から練習しておかないと、間違えてしまいそうです」 「それはいけませんね。しっかりと練習いたしましょう」  三人は小さく笑い合った。  その声もまた、式の静けさに溶け込むように、穏やかに響いていた。  アスカは、改めてリオールの姿を見つめる。  誰よりもまっすぐに、誰よりも優しく、そして強くあろうとした人。  彼の背に、王の証が重く宿るその姿を、永遠に心に刻むように。  ──この日、新たな王が即位した。  王国の歴史が、また一つ、新しい章を刻み始めたのだった。

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