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第104話

 父との談笑を終え、夜も深くなった頃、リオールはアスカの元へ向かっていた。  今日は丸一日、あの笑顔に会えていない。  もしかすると眠ってしまっているかもしれないが、それであれば寝顔だけでも一目見たい。  そう思ってアスカの住む宮に行けば、部屋の中にはまだ明かりが灯っていた。  少し期待をして、部屋に上がれば、突然だったからか、アスカが目を見開いてこちらを見ている。 「──で……っ、陛下!」  時間をかけて、ようやく喉の調子が戻ったアスカは、透き通ったやさしい声を弾ませた。 「はは。リオールで良いぞ」 「いけません。ちゃんとしないと……国王陛下になられたのですから」  ふにっとしたどこか呆れたような表情。  リオールはついそんなアスカに手を伸ばし、柔く抱きしめた。  初めは控えめだった抱擁も、今はしっかりと抱きとめてくれる。  そういった些細な変化が、より愛おしく感じさせるのだ。 「父上と、話をしてきた」 「はい」  アスカはゆっくりと頷く。  リオールの肩にそっと手を添え、目を細めた。 「きっと……厳しいことを仰ったのでしょうね」 「ふふ、そう思うか?」 「だって、リオール様が……いえ、陛下が、少しだけ、目を赤くされているように見えましたから」  リオールは少しだけ照れくさそうに笑った。 「……泣くつもりはなかったのだがな」 「それは……素敵な夜だったということですね」  アスカの声には、心からの安堵がにじんでいた。  長く冷え切っていた親子の関係が、ようやく溶けていったのだと。  それがどれほどに、リオールの心を支えてくれるかが分かる。 「……明日からは、少し厳しい日々が続くかもしれない」 「……ええ、分かっております」 「でも……そなたの声が、こうして聞けるようになって、本当に良かった」  リオールの掌が、そっとアスカの頬を包む。  アスカはそのぬくもりに身を委ね、小さく、微笑んだ。 「私もです。陛下とお話ができて、嬉しいです。いつか、陛下のお力になれるよう、努力します」 「……ああ。ありがとう」 「喜びの時も、悲しみの時も。あなたが望む限り、私はここにいます」  その言葉に、リオールの瞳が少し揺れた。  感情の波が胸に打ち寄せて、言葉にならない想いが心を満たしていく。 「アスカ……」 「はい」  二人は、確かめ合うように静かに抱き合い、そうしてどちらともなく口付けを交わした。  外の空には、満月が雲の間から顔をのぞかせている。  それはまるで、二人の穏やかな時を、静かに見守っているかのようだった。

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