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第105話

 リオールは、微かな朝の光に瞼を揺らされ、目を覚ました。  聞こえるのは、かすかな寝息と、衣擦れの音。  まだ夜の余韻が残るような空気の中、腕の中に眠るアスカの体温が、じんわりと伝わってくる。  ──まさか、あのまま眠ってしまったのか。  昨夜のことを思い出しながら、リオールはそっと息を吐いた。  儀式を終えた安堵と、父との語らい、そしてアスカとの穏やかな時間。  心が温かく満ちたまま、知らぬ間に眠りについていたのだ。  腕の中にいるアスカは、安らかな顔をして眠っていた。  胸元で上下する小さな呼吸。まだ夢を見ているのか、仄かに微笑んでいる。 「……誰か、あるか」  声を潜めながら、リオールはそっと呼びかける。  それに応じるように、ゆっくりと天蓋の布が捲られ、そこから陽春の顔が現れた。 「おはようございます、陛下」  柔らかな声に、リオールは苦笑を浮かべる。 「……慣れぬな、その呼び方は」 「ふふふ。ですが、ようやくこの日が参ったのです。私はこの上ないくらいに、嬉しく思いますよ」  控えめながらも、誇らしげに笑う陽春の目元には、ほんのわずかな感慨の色が浮かんでいた。 「そうか。……支度をする。アスカは、まだしばらく寝かせてやってくれ」 「かしこまりました」  そっと寝台から体を起こす。  アスカが目を覚まさなちよう、ゆっくりと掛布を直し、柔らかな頬にそっと唇を落とす。  愛らしい寝顔をひと目見て、微笑みを残したまま寝台を離れた。  陽春とともに歩みを進めるリオールの先にあるのは、皇太子の居所──皇太宮ではない。  今や彼が向かうべき場所は、国王の居所である国王宮となった。 「……必ずや、国を変えてみせるぞ、陽春」  その声には、覚悟が宿っていた。  重たい冠を支えるために鍛えてきた心と、支える者たちへの信頼。 「はい。私も、陛下のおそばにおります」  陽春は頭を下げながら、しっかりとその背に言葉を重ねる。  それはまるで、一生の誓いのようだ。  リオールは王の衣に袖を通す。  彼にとって、これまでの人生すべてを背負い、新たな未来へと踏み出す、覚悟の頃もだ。  胸の内で高鳴る鼓動が、どこか落ち着かない。  それが緊張なのか、それとも今日、アスカを脅かした者に裁きを下せることへの期待なのか──。  ただ一つ確かなのは、今この瞬間から、自らの言葉ひとつが多くの命を左右するということ。  けれど、リオールは迷うことなく一歩を踏み出した。 「──さあ、参るぞ」  コツ、と響いた一歩目の足音。  それは新たな時代への、最初の響きだ。  胸を張って、王としての道を歩む。  その背には朝陽が静かに降り注いだ。

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