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第119話

■■■ 「──アスカ様、失礼します」  天蓋の中、昨夜と今朝の余韻に浸り、微睡んでいたアスカは、清夏の穏やかな声に意識を浮上させた。 「おはようございます、アスカ様」 「おはようございます。清夏さん」 「……それもおやめにならなければなりませんね」 「……?」  起き抜けに、なんだろう。  アスカは体を起こし、首を傾げた。 「もうすぐ、婚姻の儀がございますよ。つまり、アスカ様は王妃となられます」 「おうひ……」 「はい。国王陛下のお妃様です。ですので、私共に敬語をお使いになってはいけません」 「……おうひ?」 「はい」  毎朝のように衣を整えられ、髪を梳かれる。  アスカは今知ったかのように、そして言葉を弄ぶかのように『王妃』という単語を繰り返した。 「私は……」 「アスカ様、お体のどこも辛くはありませんか?」 「あ、うん。はい、大丈夫です」 「それでは、そろそろお戻りになりましょう」  身支度を整えてもらい、国王宮を出る。  ポケポケとしているアスカの頭は、本当に自分なんかが『王妃』に……? と、ずっと考えているのだ。 「でも……私は、王妃になれるような器ではありませんよ?」 「……何を仰っているのですか」  そして、自身の部屋に戻ってきたアスカは、清夏と薄氷の前で、はっきりとそう口にした。  これには清夏は呆れた顔をし、薄氷は苦笑をこぼしている。 「だって、後ろ盾も、何もありません。貴族の出でも無いし……。弱々しくて、守ってもらうばかりの私は、陛下のお力になれるはずもなく、それなのに王妃だなんて……笑われてしまいますよ」  そう言いながら、アスカ自身がくすくす笑うと、清夏の顔色が変わる。 「アスカ様!」 「!」 「陛下のお気持ちを蔑ろにするおつもりですか! それに、後ろ盾など、必要ありません! 貴方様を愛されているお方は、国王陛下です! この国で誰よりもお強いお方。そのお方が選んだ貴方様を、誰が笑うというのです!」  清夏の強い言葉に、アスカは驚き、薄氷も目を見張っている。  しかし、薄氷は怯むことなく、アスカに穏やかに微笑んでみせた。 「清夏は、アスカ様のこととなると、つい熱くなってしまうのですよ」 「う、薄氷さん……」 「それだけ大切に思っているということです。もちろん、私もですよ」  にこりと笑う薄氷の声は、春の陽だまりのように柔らかく、心に染み渡る。 「それに、陛下のそばにいてくださるアスカ様は、きっとこの国にとっても大切なお方になると、私は信じています」  ぽかんとしたアスカに、薄氷はさらに一歩近づいて、そっと耳打ちする。 「なにより、陛下自身がアスカ様の存在に救われているのだと思いますよ。今朝も、執務に向かわれる道中はとてもご機嫌であったと聞いております」 「!」  なるほど。周りはアスカが王妃になることを認めてくれている。  胸の奥が、ぽっと温かくなる。  自分なんか──と、何度も思ってきた。でも今は、少しだけ、前を向いてみたくなった。 「……私も、陛下のそばで、できることを探してみます」  そっと呟いた言葉に、清夏と薄氷は静かに微笑んだ。

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