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第126話
柔らかな笑みが部屋を包んだその時、リオールは陽春を呼んだ。
「陽春、式の準備はどうなっている?」
「はい。先日の事件があり、一時中断しておりましたが、王位継承の儀が終え、その後処理を終えてからは再開しております」
「そうか」
陽春とリオールの会話を聞いたアスカは、視線を床に落とす。
リオールが成人してからというもの、怒涛の日々を送っていたことを思い返したのだ。
いい事もあったが、悪い事の方が多い。
そうして暗い表情をしていたアスカの頬を、リオールの両手が包む。
「どうした。体が辛いか?」
「ぁ、いえ。少し……忙しい日々だったと、思いまして」
リオールは一度頷いて、そっとアスカを抱きしめる。
「すまない。私がそなたを愛してしまったばかりに、苦労をかける」
「っ! そんな! それは、違います……」
「だが、許してくれ。私はそなたと共に在りたい。一緒に生きたいと思ったのだ。だから──きっとこれから先も、苦労をかけることになる。それでも、共に、生きてくれ」
リオールは心からの言葉をアスカに伝えた。
あの日、初めてあった翌日の、アスカを王宮へ呼び戻した時のことを思い出す。
あれから、『一緒に生きたい』という思いは、色褪せてはいない。
「──生きます。貴方様と、共に」
そして、アスカも、一度抱えた想いを手放すことはしなかった。
初めての夜の散策で、伝えたことを、忘れた日はない。
「ああ、アスカ……」
「ん……」
そっと唇を重ねる。
そばで話を聞いていた陽春は、まだ二人の時間を過ごしてもらおうと、いそいそと部屋を出た。
「式は、いつ頃になるでしょうか」
「なるべく、早く準備を終わらせるよ」
リオールは優しく撫でた。
「しかし、それでも数日はかかかるだろう。その間に、家族へ手紙を送ろう。そなたの手で、書けるな?」
「……はい。書きます。ちゃんと、気持ちを込めて」
うなずいたアスカの声は少し震えていたが、そこには確かな決意があった。
どれほどの時間、心の奥にしまっていた想いだっただろう。
家族のこと、未来のこと、そしてリオールとのこれからのこと──すべてを胸に抱きながら、アスカは筆を取ることになるのだろう。
アスカは笑顔を浮かべている。どこか頼もしさすら感じさせるその顔を見て、リオールは胸の奥が温かくなるのを感じた。
そしていよいよ、ふたりの未来が、公のものとなる日が近づいていた。
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