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第129話

 名残惜しさが胸に広がる。  それでも──今日という日は、待ってくれていた人たちのための一日でもある。 「……そろそろ、お時間でございます」  控えていた清夏の言葉に、アスカは深く息を吸い、家族一人一人を見つめた。 「行ってきます」  王妃として。  そして、アスカとして。  すべての思いを胸に、家族のもとを後にした。   □  忘れていた体の熱が、少し上がっているような気がする。  薬は飲んで抑えられてはいるものの、今夜にはきっと我慢できなくなるだろう。 「アスカ様、一度お水を飲まれますか」 「……うん、そうします」 「陛下は先に式場でお待ちです。お水を飲み次第、向かいましょう。すぐに始まります」 「っん、うん、わかりました」  冷たい水を飲み、喉を潤す。  しかし、乾きはすぐに現れる。 「参りましょう」 「はい」  それでも、目に力を入れて、今までの集大成のように綺麗な姿勢を作る。  式の前に、陛下と会うのは縁起が悪いと言われ、禁じられている。  だからこそ、式場で会う時には最も美しい姿をお見せしたい。 「アスカ様──いえ、王妃様。とても、美しいです」 「ありがとう」  薄氷が柔和な笑みに、涙を浮かべていた。    ここまでこれたのは、彼らの支えのおかげである。   「薄氷。清夏」 「──はっ」 「はい」  返事をする彼らに向かい、アスカは美しい笑みを浮かべた。  どうか、少しでもこの心が伝わるように。 「二人とも、今まで、ありがとう」  それぞれの手を取り、しっかりと握る。 「きっと、これから先も、私は二人に迷惑をかけることでしょう。けれど……それでも、私に呆れることなく、一緒にいてくれると、嬉しい」 「王妃様……っ」 「王妃さま……」  初めは、無表情で無愛想に見えた彼らが、今はこんなにも穏やかな顔をしている。  何度も助けてくれたこの手を、アスカは強く信用していた。

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