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第133話

 これを飲むか、飲まないか。少し悩んでから、瓶の蓋を外し、ひと息に飲み干す。  苦味とともに喉の奥に落ちていく薬に、覚悟を流し込むようにして息を整える。  きっと、数刻後には、薬も効かなくなるだろう。  アスカの香りが、あの柔らかな体温が、すべてを奪い去ってしまうかもしれない。  それでも、完全に理性を手放すわけにはいかない。  ──アスカが、心から自分を受け入れてくれるまでは。  もう一度、静かに深呼吸をする。  背筋を正し、陽春に向かって軽く頷く。 「アスカのもとへ」 「はい、陛下……」  恭しく頭を下げた陽春も、少し緊張した面持ちだ。  扉を開けて外に出れば、夜の風が頬を撫でる。  空には、まだ消えきらぬ茜色が滲んでいた。  それはまるで──ふたりの始まりを祝福する、最後の夕暮れのようだった。 □  隔離されている後宮の離れに行くと、その近くですでに甘い香りが漂っていた。  リオールは拳を握り、己を律するように目を閉じて深呼吸をしたのだが、微かなフェロモンが体を刺激し、思わず唇を噛んだ。  建物から慌てた様子で清夏が飛び出してくる。  何かを他の侍女に伝えたかと思うと、その侍女は駆け出し、リオールを見て固まった。 「陛下!」 「ああ、なんだ。アスカの具合はどうだ」 「お、お早く。王妃様が、泣いておられます。陛下を、お待ちです……っ」  リオールはそれを聞き、急いで建物の中に入った。  中に入ってすぐ、濃厚なフェロモンにくらりと目眩がした。 「これほどとは……」  前に感じたフェロモンよりも、濃くなっている気がする。 「陛下、こちらです」  中にいた清夏に案内される。  リオールは頷き、ついにアスカの居る部屋の扉の前に立った。

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