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第135話

 清夏が部屋をでてからほんの少しのこと。  扉の向こうで気配がして、誰かが近づいてくる音が聞こえた瞬間、アスカの心臓は跳ねた。  そして、ゆっくりと扉が開く。 「アスカ──」  呼ばれた名前。たったそれだけなのに、堰を切ったように涙が溢れた。 「……陛下……っ」  ぼやけた視界の中で、漆黒の髪が揺れる。  アスカは寝台から起き上がろうとしたのだが、体がうまく言うことを聞かず、それも困難だった。 「無理をするな。もう大丈夫だ」  低く、優しいその声が耳に触れただけで、胸の奥が熱くなる。  彼が近づき、寝台の傍に膝をつくと、アスカの肩にそっと手を添えた。 「……っ、あ、あの……ごめ、なさい……。まだ、宴の途中だと、いうのに……っ」 「そんなこと、気にするな。私の中では、いつだってそなたが最優先だ」  リオールの手が頬に触れる。  その指先は少しだけ震えていて、彼もまた、同じくらい緊張していたのだということがわかる。  それが、なぜかたまらなく嬉しくて、胸の奥がじんとあたたかくなった。 「……来て、くださって……ありがとう、ございます……」  そっと伸ばした手を、リオールが優しく包み込む。  繋がれた手のひらから、じんわりと安心が広がっていく。  リオールが触れているところだけ、熱が灯ったように火照り、呼吸が上手くできなくなる。  もう、彼が隣にいる。それだけでいいのに、それだけじゃ足りないと思ってしまう。 「アスカ……苦しいか?」 「っ、……陛下の、顔が見えて、声が聞けて……香りがして……あたたかくて……嬉しくて、涙が止まらない……のに……っ、身体が勝手に、火照って……っ」    まるで子供のようにまとまらない言葉を並べ、彼にすがるようにしがみつくと、リオールは優しく抱き締め返してくれる。  その瞬間、心の奥に広がっていた寂しさや不安が散っていく。  それと同時に、アスカの身体が反応を始めた。さきほどよりも奥の方がきゅっと締まり、熱を持ち始める。 「んっ……リ、オール……さま……」  鼻腔をくすぐるリオールの香りに包まれ、頭がぼんやりしていく。  奥が、勝手に潤んで、じわじわと疼く。  ──これは、もう限界だ。  アスカはリオールに顔を寄せ、小さく囁いた。 「……リオールさま……今日は……貴方様と、ひとつに、なれますか……?」  その問いに、リオールは静かに目を細めて──そして頷いた。

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