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第154話

 活気に溢れる市街は、朝から人の往来が絶えない。  焼き立てのパンの香りや、甘い果実の匂いが風に乗って流れてきて、街の鼓動を生き生きと感じさせた。  そんな中、少し地味な装いのふたりが連れ立って歩く。  けれどその背筋はどこまでも気品があって、気づかれないのが不思議なくらいであった。 「……わあ、なんだか、すごいですね」 「うん。やはり、実際に歩いてみると気づくことが多い」  アスカがキョロキョロと周囲を見渡せば、リオールもまた穏やかにその様子を見守る。  視察とはいえ、今日は特別な逢瀬。  自然と表情もほころぶのだった。  露店から漂ってくる香ばしい匂いに、アスカの目が止まる。  香辛料の効いた肉串が並び、焼きたての熱が空気を揺らしていた。 「……リオール様、あれ……」 「食べてみるか?」 「あ、……少しだけ、いいですか?」  アスカの頬がふわっと赤くなる。リオールは満足げに頷き、銀貨を手渡した。  一本の串を手にすると、アスカに手渡し、その小さな口は肉に齧り付いた。  その様子に、リオールなふっと笑い、美味しかったのかアスカも口元を緩めた。  まるで恋人同士の休日のようだ。  そうして通りを抜けた先、小さな装飾品の露店があった。  陽の光を受けてきらめくガラス玉や銀の細工が目を引く。 「アスカ、何か欲しいものはあるか?」 「え……いえ、そんな……」 「視察の記念だ。好きなものを、ひとつ選んでくれ」  急に言われて戸惑った様子のアスカ。けれど、店先に並ぶ品々をそっと眺め、そのうちのひとつに指を伸ばす。  ──それは、深い藍色の耳飾りだった。 「これにします……」 「これか? なぜ?」 「……リオール様の瞳の色に、似てるから」  一瞬、時が止まったようだった。 「っ……アスカ」 「え、あ、ちが……っ、ちがいませんが、あの……っ」  慌てて目をそらそうとするアスカの頬はすでに真っ赤。  リオールはと言えば、口元を緩めたまま動かない。 「うれしい」 「……!」 「それを贈る。今日の記念に」  耳飾りを包んでもらいながら、リオールは優しくアスカの肩に手を添えた。 「さ、もう少し歩こうか」 「……はい!」  視察はまだ始まったばかり。  けれど心はすでに満ちていた。

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