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第156話

 アスカの笑顔が、どこか遠く感じた。  リオールは少しだけ視線を伏せ、小さくため息をつく。  ──わかってる。幼馴染に会えて嬉しいのだろう。  久々の再会だ。はしゃいで当然だ。アスカは無邪気で、正直で、そういうところが……たまらなく愛しいのに。  なのに、胸の奥が妙にざわつく。  ──ルカ……か。あの男が、アスカの故郷の  記憶を辿れば、確かにその名前は耳にしたことがあった。  アスカがふと漏らした「幼い頃、よく一緒に遊んでいた子がいて……」という話の中に出てきた、唯一名前の挙がった存在。  それが、あの男──ルカ、だったのだ。  笑って、はしゃいで、懐かしそうに目を細めるアスカ。  肩に触れる距離。冗談を言い合う自然な空気。  自分との逢瀬で見せるアスカの微笑みとはまた違った、軽やかさがそこにはあった。  ──あれが昔のアスカを知る人間の距離感、なのだろうか  自分は今のアスカしか知らない。  出会って、惹かれて、惚れて、愛して──それでも、王と王妃という立場に縛られている自分たちは、どこか全てを知り合えていない気がしていた。 「……嫉妬、か」  自嘲の混じった声が、喉の奥でこぼれた。  まさかこの年で、しかも国王ともあろう立場で、こんなふうに拗ねるなんて。  ──けれど、どうしようもなく、胸が痛い。  目の前で笑うアスカに声をかけようとして、やめた。  自分だけが蚊帳の外にいるようで、怖くなったのだ。  こんな気持ちを、ぶつけていいものか、迷った。  そんなとき、ふと──アスカがこちらを振り返った。 「……リオール様?」  変わらぬ優しい声。  でも、その言い方に、少しだけ違和感がある。  先程までとは違う呼び方をされたことに、なぜか少し距離を感じてしまう。  アスカの瞳が、リオールの表情をじっと見つめた。  その視線に、何か気づいたのかもしれない。 「どうかしましたか?」  ……言えるわけがない。  視察中に、王妃が幼馴染と再会してはしゃいでるのが寂しい、なんて。 「いや、なんでもない」  笑ってみせたけれど、どこかぎこちない自分の声に、リオール自身が気づいていた。

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