159 / 207
第159話
「ちょ……ちょっとお待ちください、陛下っ」
アスカは思わず身を乗り出し、両手をぶんぶんと振った。
「ルカは、本当に、ただの幼馴染ですから……! 昔から仲は良いですけど、それ以上の感情なんて、ほんとに、ほんとうに──」
早口でまくし立てながら、気づけば自分でも混乱していた。
そんな必死な弁解を前に、リオールはまったく表情を変えない。
むしろほんのわずかに、目元が冷たくなったようにも見える。
「左様か」
その短い返答に、アスカの心臓がトクンと跳ねた。
──どうしよう、怒らせた?
それとも、本当に誤解されてしまった……?
ぐるぐると焦りの中を泳ぐアスカの視線が、リオールを捉えた瞬間だった。
彼はふっと目を逸らし、静かに息を吐いた。
「……あんなに楽しそうに笑うそなたを見たのは、初めてだった」
「……え?」
不意を突かれて、アスカの口から間の抜けた声がこぼれる。
「羨ましかっただけだ。……少し、な」
呟くようなその言葉は、思った以上にあたたかくて、同時に胸の奥をきゅっと締めつけるものだった。
リオールが――こんなふうに、自分の気持ちを言葉にするなんて。
それがどれだけ稀なことか、アスカはよく知っている。
「……っ、」
言葉が出なかった。
不意打ちをくらったように、心が静かに揺れていた。
そんなアスカの動揺に気づいたのか、リオールは気まずそうに咳払いをする。
「すまない。つまらぬ嫉妬心だった。忘れてくれて構わん」
「……忘れませんよ」
絞り出すように、アスカはぽつりと呟いた。
そして、ふと力が抜けたように微笑んだ。
「……そういうことは、もっと早く仰ってくださらないと、びっくりしますよ」
ほんのりと頬を染めながら、目線を逸らすアスカ。
それを横で見ていたリオールは、何も言わず、ただわずかに口元を緩めた。
それは、優しくてあたたかな笑みだった。
──不器用で、少し拗ねた王と、そんな彼の心に触れて揺れる王妃。
互いの心の距離が、また、少し近づいた瞬間だった。
ともだちにシェアしよう!

