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第159話

「ちょ……ちょっとお待ちください、陛下っ」  アスカは思わず身を乗り出し、両手をぶんぶんと振った。 「ルカは、本当に、ただの幼馴染ですから……! 昔から仲は良いですけど、それ以上の感情なんて、ほんとに、ほんとうに──」  早口でまくし立てながら、気づけば自分でも混乱していた。  そんな必死な弁解を前に、リオールはまったく表情を変えない。  むしろほんのわずかに、目元が冷たくなったようにも見える。 「左様か」  その短い返答に、アスカの心臓がトクンと跳ねた。  ──どうしよう、怒らせた?  それとも、本当に誤解されてしまった……?  ぐるぐると焦りの中を泳ぐアスカの視線が、リオールを捉えた瞬間だった。  彼はふっと目を逸らし、静かに息を吐いた。 「……あんなに楽しそうに笑うそなたを見たのは、初めてだった」 「……え?」  不意を突かれて、アスカの口から間の抜けた声がこぼれる。 「羨ましかっただけだ。……少し、な」  呟くようなその言葉は、思った以上にあたたかくて、同時に胸の奥をきゅっと締めつけるものだった。  リオールが――こんなふうに、自分の気持ちを言葉にするなんて。  それがどれだけ稀なことか、アスカはよく知っている。 「……っ、」  言葉が出なかった。  不意打ちをくらったように、心が静かに揺れていた。  そんなアスカの動揺に気づいたのか、リオールは気まずそうに咳払いをする。 「すまない。つまらぬ嫉妬心だった。忘れてくれて構わん」 「……忘れませんよ」  絞り出すように、アスカはぽつりと呟いた。  そして、ふと力が抜けたように微笑んだ。 「……そういうことは、もっと早く仰ってくださらないと、びっくりしますよ」  ほんのりと頬を染めながら、目線を逸らすアスカ。  それを横で見ていたリオールは、何も言わず、ただわずかに口元を緩めた。  それは、優しくてあたたかな笑みだった。  ──不器用で、少し拗ねた王と、そんな彼の心に触れて揺れる王妃。  互いの心の距離が、また、少し近づいた瞬間だった。

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