160 / 207
第160話
□
翌朝、アスカは早くに目を覚まし、机に向かっていた。
机の上には、視察で得た情報を整理したものと、王宮の予算案、食料の備蓄に関する報告書がある。
それを眺めながら、昨日の子供の姿が何度も頭をよぎる。
「──何か、できるはず」
小さく、そう呟いたアスカは、一枚の紙に筆を走らせた。
文字は微かに震えていたけれど、その筆跡には確かな意志があった。
しばらくして、リオールのいる国王宮を訪ねたアスカは、手にした提案書を差し出す。
「……まずは、街で炊き出しを行うのはどうでしょうか。お腹を空かせた子供たちを、一時的にでも救えるように」
リオールは静かに書面を受け取り、目を通す。長い沈黙に不安が募るが、やがて彼は顔を上げると、真っすぐアスカを見つめた。
「予算の問題や、人員の確保も含めて、簡単ではないぞ」
「わかっています。ですが……ただ見ているだけの王妃にはなりたくないのです。私も、この国を守るひとりとして、できることをしたい」
その言葉には、覚悟があった。昨夜の悔しさも、リオールの言葉も、すべてが今の彼を後押ししている。
リオールは一度だけ目を伏せてから、再びアスカに微笑んだ。
「そなたの決意は、しかと受け取った。……誇らしく思うよ、王妃」
「っ!」
「簡単では無いが、早く進めなければならない。明日、会議を開く。そなたの提案書をもとに、大臣たちに計画をさせよう」
「あ、ありがとうございます!」
アスカは目に薄く涙を滲ませた。
目元を拭えば、リオールは穏やかに微笑んだまま、アスカの頭を優しく撫でる。
「昨日の今日で、こんなにも考えたのだな。……ちゃんと眠れたのか?」
「ぁ……はい。大丈夫です」
「大丈夫かどうかは聞いていないが……。王妃は無茶をする癖があるらしい。清夏と薄氷にはしっかりと見張らせておかねばならないな」
「そんな……!」
昨夜は確かにあまり眠れず、いい解決策がないかを考えるばかりで、清夏にも薄氷にも心配をかけてしまったが……。
「私は、健康体ですから」
「それも聞いていない」
「む……ちょっと寝てないくらい、平気です」
「まったく、子どもかそなたは」
苦笑するリオールに、しかし負けないぞとアスカも折れないでいる。
そして勝ったのはアスカだった。
「──わかった。だが、あまり無理をしないように」
「はい!」
アスカはにっこりと笑みを浮かべ、深くお辞儀をすると国王宮を後にした。
ともだちにシェアしよう!

