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第164話

 リオールが厨房に顔を出すと、中にいた料理人や女官達は慌てた様子で頭を下げ、挨拶をする。 「近々、街で炊き出しを行うことになっておる。もちろん、私も参加する予定だ。よろしく頼むぞ」 「はっ、へ、陛下も、ですか!?」 「ああ。折角民たちと話ができる機会だ。直接声を聞きたい」  料理長である新涼(しんりょう)は驚きに目を見開く。  リオールが幼い頃から料理長を務めている彼は、幼いながら聡明であると聞いていたリオールが、それほどまでに民たちを気にかける王になったことが嬉しかった。 「それは、民も、誠に喜ぶことでしょう」 「そうか。そうなら、嬉しいが」  これまで何もしてこなかった無能な国の、新しく若い王だと罵られやしないかという懸念も、少しはある。  リオールは苦笑を零し、並べられてある食材に視線を落とした。  その時、ガシャンと大きな音が響き、リオールは目を瞬かせ、音の鳴った方に視線を向ける。 「っ、コレッ、鈴蘭!」 「も、申し訳、ありません──ッ!」  そこには幼い子供がいた。  涙ぐみながら立ち上がる子供はどうやら、転げてしまったらしい。食材の入っていた桶は床に転がり、食材も落ちてしまっている。   「──陛下、あの者ですよ」 「?」  陽春が傍により、リオールに耳打ちをする。  その内容を聞き、すぐに子供──鈴蘭に歩み寄った。 「鈴蘭」 「っ! は、はい! 陛下! お会いできて、光栄に、ございます……っ」  膝を折り、目線の高さを合わせる。  鈴蘭は慌てて涙を拭い、緊張からか体を固めて顔を赤く染めていた。 「息災か」 「っ、はい!」 「そなたの姉の──葉月もか?」 「はい! 姉も、とても元気です。全ては、陛下の恩恵のおかげだと、お聞きしました。私の病気もすっかり治り、誠に、感謝しております……!」  アスカが毒で倒れたあの時の、葉月の妹。  思っていたよりも幼く、しかししっかりとしている。 「それは、よかった。……鈴蘭はお転婆のようだな。転げないように、気をつけねば」 「……はい」  シュンとしてしまった彼女に、リオールはククッと笑う。 「どれ、私が拾って、ついでに料理をしてみようではないか」 「えっ、へ、陛下が!?」 「ああ。……料理の才能がないのは分かっておるがな」 「そ、そんな……」  鈴蘭はどうすればいいのかわからず、料理長に視線を送るが、彼は陽春と穏やかに笑っていた。  陽春に至っては、どうせそうなった陛下は止められますまい、とほとんど諦めに似た境地にいる。  そんなこんなで厨房は、少しばかり賑やかな雰囲気に包まれた。

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