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第165話
「あぁっ!」
「大丈夫だ。鈴蘭、そんな怯えた声を出すな。怪我はせん」
「ひぃ……怖い、陛下、私がやります……」
「いいや、私がやる。静かに見ておれ」
「っ! ……!」
厨房では鈴蘭の怯えた声と、反対にリオールの自信満々な声がよく聞こえていた。
というのも、そばに居た料理人や側仕え達はリオールの包丁さばきがあまりの恐怖で息を飲むように見守るしかなかったのだ。
「ぁ、陛下、陛下、お願いします……! 綺麗な手に、傷をつけてはなりません……!」
「鈴蘭……私を信用しろ。怪我はせんと言っているだろう」
「ですが……あまりにも、あまりにも……!」
料理長は普段は控えめな鈴蘭が、陛下を相手に訴えかける姿に感涙している。
少し前まで、とても厳しい生活をしていたらしい彼女が、新たな環境にやってきてから初めて、本来の姿を見せてくれているように思えたのだ。
「私は王妃に林檎を剥いてやったこともあるのだぞ」
「林檎……王妃様は戸惑われていませんでしたか……?」
「……笑われた」
「わらう……?」
「ああ。あまりにも凸凹で……」
「陛下ぁ……」
相手は王様なのだが、鈴蘭はアチャーというような表情をした。
そしてリオールの手によってザクザクと切られたほうれん草が、鍋に放り込まれる。
「ほら、見ろ。怪我はしていないぞ」
「……はい。安心いたしました……」
「失礼なやつめ。ほれ、こうしてやる!」
「えっ、わ、きゃぁっ!」
不意にリオールに抱き上げられた鈴蘭は驚き、しかし突然高く広くなった視界に目を輝かせた。
──このような笑顔を、誰も奪わせてはならない。
あの時街で見た幼い子を思い出し、胸が少し痛んだ。
「はは、どうだ。参ったか」
「わぁ……ふふ、高い!」
キャッキャと笑う鈴蘭が可愛らしい。
まるで年の離れた妹のように感じて、リオールは彼女と少し遊んだ後、そっと床に下ろした。
「また会いにくる。今度は葉月とも話せたらいいな」
「はい!」
そっと丸く小さい頭を撫でて、リオールは厨房を後にした。
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