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第167話

□  炊き出しの準備は着実に進んでいた。  アスカ自身も時折厨房に足を運び、なにか足りていないものはないかと確認をしたり、実際に調理をする料理人らと軽く談笑することもしばしば。  料理人らは、国王陛下も王妃も、民とそしてここで働く者たちを大切にしてくれているのだと実感し、殺伐としがちな厨房も、最近は穏やかな空気が流れていた。  今朝目を覚ましたアスカは、いつもより胃がグルグルとして不快感を感じていた。  座っていても肘置きに凭れていたいと思うくらいには、体も重たい。  どうにも食事をとる気分ではなくて、申し訳なく思いながらも朝食はとらずにいた。  しかし、休んではいられない。  なぜなら、炊き出しをする日はもう明日に控えているのだ。  最後の確認をしなければと気合を入れて立ち上がり、厨房に向かう。 「王妃様、お辛いようであれば、私が確認してまいりますよ」  そう言う清夏に、静かに首を振る。 「いいえ。これは私が確認するべきこと。始めたのは私だから」 「ですが……お顔のお色が、あまり良くありません……」 「大丈夫だから、ね。これを確認したら、あとは部屋で、皆の邪魔をしないように大人しくしているよ」 「邪魔などとは思いませんが……」  顔を顰める彼女に苦笑する。  そうすると、薄氷がほんのり微笑んだ。 「王妃様は責任感のお強いお方。一度決めたことは最後までなさると、私共も存じておりますが、どうかご無理はなさいませんよう」 「わかっているよ。ありがとう」  厨房へ向かう道中の足取りは軽かった。  起き抜けだったから辛かったのかも、と自分に言い聞かせながら足を進めた。 「──ああ、王妃ではないか」 「! 陛下!」  厨房の近くまで来たところで、同じように視察に行くところだったのか、リオールとばったり出会した。  彼に歩みより、一度礼をする。 「……王妃、体調が優れないのか?」 「え?」 「少し……顔色が悪い気がするぞ。無理はしていないか」  まさか、彼にまで指摘されるとは。  さすがに王様に嘘は吐いてはいけないなと思い、そっと彼の耳元に顔を寄せる。 「実は……今朝は少しだけ、吐き気が……」 「何……?」  彼の顔が、心配そうに顰められる。  アスカは安心させるように柔く微笑んだ。 「今はそこまで感じておりません。ですが……今日は視察が終われば、大人しくしておこうと思います」 「ああ……視察も、私が行ってくるぞ……? 無理はしない方がいい」 「いいえ。私は大丈夫です。陛下、一緒に参りましょう……?」 「……そうだな」  アスカが一度決めたら譲らない性格なのを、リオールはよく知っていた。  アスカは柔く微笑んだまま、リオールと共に厨房に向かった。

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