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第171話
夜も更け、後宮の一室には、静かな灯りがひとつだけ灯っていた。
寝台に並んで座るアスカとリオールは、まだ言葉を交わしている。
窓の外では風が草木を揺らしている。
「……明日、無理はしないと、約束してくれ」
そっとアスカの手を握りながら、リオールがもう一度、真っ直ぐに言った。
何度も言った言葉。それでも、言わずにいられないのだ。
アスカの体が、今までとは違う何かを宿しているかもしれないという事実に、彼の心は穏やかではなかった。
「……はい。約束します」
アスカも、静かに応じる。
けれどその声には、少しだけ迷いが滲んでいた。
それを感じ取ったリオールは、手をぎゅっと握る。
「怖いか?」
その問いに、アスカは少し目を伏せた。
「……少し。……嬉しいのも事実です。ですが、すぐに……本当に、私にできるのかって。不安が押し寄せてきて」
その言葉は、リオールの胸にも深く響く。
アスカの震えは、体ではなく、心から来るものだ。
「子どもだったら、王妃になってすぐの……あの、発情期のときだろうか……」
「たぶん、そうだと思います。……男性のオメガに子ができるのは、発情期の時だけだと、聞いたことがありますので……」
アスカは静かに目を伏せて、不安な心を隠すことなくリオールにさらけだした。
「ですが、何の準備も、できてません……。子どものために、何をしてあげればいいのかも、これから何に気をつけないといけないのかもわからない……」
命が宿ることの重みを、初めて真正面から突きつけられて、ただただ戸惑ってしまう。
「……それなら、ふたりで知っていけばいい」
リオールは、アスカの手の甲にそっと唇を当てた。
「私たちは、国を背負う立場でもある。でも、それ以前に──夫夫だ。そなたの不安は、私の不安でもある。だから、一緒に、親になっていけばいい。そうだろう?」
その言葉に、アスカの胸がふっとゆるんだ。
涙がまた浮かびそうになるのを、そっと瞬きでごまかす。
「……ありがとうございます」
「ありがとうだなんて……。私の大事な人が、私の子を宿しているかもしれないんだ。私が支えずにどうする」
そう言って、リオールはアスカの額に、そっとキスを落とした。
静かな夜は、そのままふたりを包み込む。
新しい命を迎える準備は、まだ始まったばかりだ。
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