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第172話
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アスカが深い呼吸をし始めると、リオールはそっとその顔を覗き込んだ。
穏やかな寝息。緊張がほどけたような、少し泣きはらした目元。
ようやく、眠れたのだと、リオールは胸の奥に小さな安堵を抱いた。
今、この腕の中にいる命はふたつかもしれない。
それを思うと、不思議と心の奥が震えるようだった。
「……そなたは、本当に強いな」
小さな声でそう呟き、アスカの髪を優しく撫でる。
責任と不安を抱えながら、それでも前に進もうとする姿は、何より誇らしい。
リオールはそっと寝台に身を横たえ、アスカを優しく抱きしめた。
ぬくもりを確かめるように、呼吸を重ねる。
どんな未来が待っていても、そばにいよう。
支えて、守って、共に歩もう。
それが、夫として、そしてこの国の王として、自分がなすべきこと。
「……おやすみ、アスカ」
静かに目を閉じる。
夜はまだ深く、その眠りはどこまでもあたたかかった。
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目を覚ましたリオールは、そっと体を起こし、まだ眠るアスカを見つめる。
そして、昨日彼が医務官と話していた内容を思い出し、陽春を呼んだ。
「目を覚ました王妃の体調が優れぬかもしれん。すぐに処置できるように、準備をさせておけ」
「はい」
「清夏か薄氷はいるか」
扉の向こうに向けて声をかければ、二人が現れる。
「今日の王妃の衣についてだが、体に負担をかけないように緩いものにしてくれ。それから……朝食は王妃が食べたいと望んだものがあれば、何でも用意するように」
「かしこまりました」
「……私は少し離れるが、何かあればすぐに報告するように」
そっとアスカの頬を撫でる。
無理をしないと約束はしたが、ちゃんと守ってくれるだろうか。
信頼していない訳では無いが、どうにも彼は無理をするくせがある。
「ギリギリまで寝かせてやってくれ」
「はい」
アスカの額に、最後にひとつ、静かに口づけを落とす。
代わりに、自身が働けばいい。
リオールは寝台から抜け出すと、ふっと息を吐いて国王宮に戻った。
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