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第174話

 広場に着くと、既に多くの人々が集まっていた。  貧しい身なりの者も、子どもたちも、老いた者も、皆が列を成して鍋の前に並んでいる。  火の前では、手際よく料理をよそう炊き出し係の姿があった。  輿の幕が開かれ、アスカが外に出ると、視線が一斉に集まった。  一瞬、広場の空気が止まったかのような静寂。その中を、アスカは静かに一歩、踏み出す。 「王妃さまだ……」 「本当に来たんだ……」  小さな声がざわめきを呼び、やがて人々は少しずつ頭を下げ始めた。  リオールが後に続き、二人が揃って炊き出し場へ向かうと、配膳をしていた女官たちが深く礼をした。 「皆さま、今日は足を運んでくださってありがとうございます。……さあ、冷めないうちに、どうぞ」  アスカはにこやかに声をかけ、鍋の前に立った。  大きなお椀に一杯ずつ、あたたかい野菜のスープをよそい、手渡していく。  リオールは少し後ろからその姿を見守っていた。  アスカの手元に向けられる目は真剣で、しかし一人ひとりにかける言葉は柔らかく、優しかった。  その中に──  先日、街で倒れていたあの子どもの姿を見つける。  痩せ細った体にくたびれた服、下を向いたまま列に並んでいる。  アスカはすぐに気づき、手を止めた。 「……いらっしゃい」  しゃがみ込んで目線を合わせると、子どもは小さく目を上げた。  その手に、ふわりとした湯気の立つお椀が渡される。 「たくさん食べて。おかわりも、していいからね」  静かにうなずいたその子の表情に、少しだけ、緊張がゆるむ気配が見えた。  リオールは、そんなアスカの後ろ姿を、ひと言も発さずに見守っていた。  配膳が始まってしばらく。  アスカは途切れることのない列に、根気よく粥を配り続けていた。  リオールが何度か水を勧めても、彼は首を横に振って「もう少しだけ」と言い、最後の一人まで、丁寧に手渡していった。  ──そして。 「……これで、全員……」  アスカがお椀を置いた瞬間、ふらりと小さく揺れた。 「王妃──!」  すかさずリオールが支える。  咄嗟に伸ばした腕で腰を抱き寄せ、倒れるのを防いだ。 「す、すみません。急に、少し……目が回って」 「無理をするからだ。……もう、いい。休め」  アスカの肩をしっかりと抱き、リオールは休憩所へと導く。  陽春がすぐに毛布と水を用意し、薄氷と清夏も慌ただしく動く。  アスカは水を一口飲んで、少しだけ息を整えた。  悪阻の兆しはなく、顔色も大きく崩れてはいない。けれど、やはり体の疲労は否めなかった。 「……配れて、よかったです」  ほっとしたように笑うアスカに、リオールは小さく溜息をついた。 「よかった、ではない。少しでも異変を感じたら、すぐに私に言え」 「はい……気をつけます」  軽くなった風が、アスカの髪を揺らす。  街に、静かに炊き出しの香りが残る中──  次の波が、思いがけない形で訪れようとしていた。

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