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第175話

■■■  アスカがリオールに支えられながら休憩所へ向かう途中、ふと背後から感じたのは、冷ややかな視線だった。  何人かの視線が、刺すようにこちらを見ていた。  まるで、“平民が”という言葉が、その目に貼りついているかのように。  けれど、気に病むのも違う気がして、アスカはそっと視線を外した。少し休もうと、リオールとともに休憩所へ向かう。  そのときだった。  ──ドンッ  突然、背中に強い衝撃が走る。  思わず前へと身体が押し出され、アスカの足元が浮く。  ぐらりと視界が傾き、地面が近づいてくる。 「っ!」  咄嗟に腕を交差させ、腹部を庇う。  そのまま前のめりに倒れ、手と膝をついた。 「アスカ!」  リオールが鋭い声を上げ、すぐさま駆け寄る。  アスカを抱き起こし、その身体に小刻みな震えが走っているのに気づいた。 「大丈夫か、どうした、どこを打った!」 「だいじょ……ぶ、です……背中を、押されて……たぶん、どこも、打っては……ない、です」  声はかすれ、呼吸が浅い。  腕の中で、アスカが胸を押さえたまま、わずかに首を振った。  しかし、 「……流れたら、どうしよう……」  小さく、呟くような声だった。  その目は恐怖に揺れ、リオールの胸を突き刺す。 「……陽春! すぐ後宮に医務官を呼んでおけ!」 「はっ、すぐに!」  ざわり、と周囲の空気が変わる。  さっきまで炊き出しを受け取っていた民たちが、何が起こったのかとざわめき、数歩引いた。 「誰だ、今──」  リオールの視線が、鋭く群衆を貫く。  深い藍色の瞳が怒りを湛え、静かな怒号のように響いた。 「──王妃を押したのは、誰だ」  沈黙。  誰もが顔を伏せ、ただ地面を見つめている。 「民を思い、共にあろうとした人に手をかけるとは……」  怒声ではない。けれど、それ以上に重く、鋭く。  リオールはアスカを抱きかかえるようにして、再び立ち上がる。  その顔には冷たい怒りと、深い悲しみがあった。  抱かれたアスカは小さく目を伏せながら、震える手で腹にそっと触れた。  ──どうか、ここにいるのなら、無事でいて。

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