177 / 207

第177話

 リオールは一度政務に戻っており、部屋にはアスカひとりきり。  夜が訪れて一人寝台で横になると、段々不安が膨れていくのを実感した。    お腹は、庇ったからきっと、大丈夫。  ──けれど、何かがあったら?  既にお腹の中にいるかもしれない子供に、何かしらの影響があるかもしれない。 「……ふっ、は……」  何かあれば、どうすればいい。  子供にも、番で父親になるリオールにも、どう償えばいいかわからない。 「っは、はぁ……っ、だ、誰、か……」  呼吸が浅く、速くなる。  苦しくて、視界が狭くなっていくような、そんな感覚。 「失礼します。──王妃様、いかがなさいましたか」  近くに控えていたのは薄氷だ。  アスカの姿を見て、眉を寄せると、すぐに傍に駆け寄る。 「ゆっくり、呼吸をいたしましょう。大丈夫です。ここには王妃様を傷つけるような者はおりません。私も傍におりますので、安心してください」 「っひ……ふぅ……っ」 「お上手です」  薄氷の手を取り、強く握る。  今は誰でもいい。傍にいてほしかった。 「っ、はぁ……っ、は、はぁ……」  次第に呼吸が落ち着いていく。  涙がこぼれて、それを優しく柔らかい布で拭われた。  ある時ふっと力が抜けて、深く息を吐き出す。  そうすればようやく息が整い、アスカはぼんやりと天井を眺めた。 「お飲み物を用意しますので──」 「ぁ……」  下がろうとする薄氷を、アスカの小さな声が引き止めた。  薄氷は動きを止め、少し考えたから口を開く。 「……よろしければ、陛下にお越しいただくよう、お願いしてきましょうか」 「……」  アスカが静かに目を伏せる。  今日は街にまで出かけているので、きっと疲れているはず。それなのに、お呼びするのはどうか、と思い留まった。 「王妃様、こういう時は頼られる方が、陛下も安心できると思います」 「……陛下も?」 「はい。王妃様がおひとりで抱え込み、苦しい思いをしているのではないかと心配になるより、そのお気持ちをお伝えいただける方が安心できるものです」  薄氷の言葉には、確かにと納得できるものがあった。  もしも、逆の立場だったら──アスカは素直な気持ちを、リオールに教えてほしいと思うはず。 「それなら……私が、陛下のもとに──」 「いいえ、それはいけません。ここで暫くお待ちください。すぐに人を向かわせますので」  いつになくきっぱりとした声色だ。  アスカは小さくなって、「うん」と返事をした。

ともだちにシェアしよう!