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第178話
薄氷を傍に置いたまま、寝台に寝転びしばらく待っていると、扉が開いた音と同時に、空気がふわりと変わる。
アスカがゆっくりと視線を向ければ、そこには肩で息をしながら、こちらを見つめるリオールの姿があった。
薄氷が静かに退室すれば、ここは二人だけの空間になる。
「アスカ……!」
リオールはその名前を呼ぶと、そっとアスカの頬を包んだ。
その手のあたたかさに、心がほっとほぐれていく。
「すまない。政務があって、遅くなった」
アスカは何も言えずに、ただ小さく首を振る。
リオールは銀色の髪を撫でながら、低く、やさしい声で続けた。
「一人にさせてしまい、そなたがどれだけ不安だったか、想像するだけで胸が痛む。……もう大丈夫だ。私はここにいる。そなたの傍にいる」
静かな言葉の一つ一つが、じんわりと胸に沁みていく。
「苦しいときは、何も我慢しないでいい。強がらなくていい。……そなたの弱さも、涙も、不安も、すべて、私が受け止めたい」
その瞳はまっすぐで、真剣で。
アスカはようやく口を開き、か細く呟いた。
「……こわいです、へいか……」
それだけの言葉だったがしかし、リオールは眉を八の字に歪め、ひとつ頷いた。
「ああ。怖かったな。大丈夫だからな」
アスカはゆっくりと腕を伸ばし、リオールの背を抱きしめた。
涙が零れて、止められない。
けれど、それすらも、彼はまるごと受け止めてくれる。
「今日は共に眠ろう。ここに、ずっと居るぞ」
「っ、はい」
同じ寝台に横になった彼に抱きしめられる。
あたたかい。それが安心を与えてくれる。
「こうして、抱きしめていよう」
「陛下……」
「ああ」
「……子ども……もし、何かあったら、どうすれば……」
「……何かあっても、それはアスカのせいではない。誰もそなたを責めたりしない。そもそも、そんなことはさせない」
きっと、そうなってしまったら彼も辛いはずなのに、今もたったひとつの文句を言うことなく、優しさで包んでくれる。
「陛下……手を、お貸し、くださいませんか……?」
「手? ああ、ほら」
差し出された手を、お腹に導く。リオールの手が、ピクリと震えた。
どうか、ここにいるのならば、母と父の元へ、おいでと心の中で静かに祈る。
「明日、医務官に診てもらおう。懐妊しているのかどうかも、含めて」
「そうですね。……そもそも、まだ、居ないかもしれないし……」
ふっと小さく息を吐き、リオールにじりじりと寄る。
深く彼の香りを嗅げば、波立っていた心が穏やかになって、唐突に眠気に襲われた。
「ん……リオールさま」
「ああ。おやすみ、アスカ」
そっと頭を撫でられ、額に口付けが落とされる。
まるで灯りを消すように、ふっと意識が落ちていった。
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