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第180話
朝のうちに、医務官が後宮にやってきた。
体調の確認と、腹部の様子を調べに来てくれたのだ。
そばにいるリオールは、何があっても離れたりしないからと、手を握ってくれていた。
昨日までの不安な思いが、今は何故か落ち着いている。
いくつかの質問をされた後、医務官は静かにアスカを見つめる。
「出血や、腹部の痛みはありませんね?」
「……はい」
そっと頷いたアスカに、医務官は厳しかった表情を途端に緩めて、優しく微笑んだ。
「──おめでとうございます、王妃様。ご懐妊でございます」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか、心のどこかがすでに知っていたような気がした。
まるで、静かに受け止める準備が全て、整っていたかのように。
「まだ暫くはご安静になさってくださいね」
「……ああ、王妃っ! よかった、よかった……っ!」
リオールが、珍しく涙を流した。
心から子供の誕生と、その子の無事を喜んでいる。
アスカはお腹に手をあて、そっと目を伏せた。
あの光の中にいた小さな命が、本当にここにいる。
それだけで、胸の奥がぽっと、温かくなるのを感じた。
じんわりと、目に涙が滲む。
安堵と、喜びが、次第に大きくなって、つい人目を気にすることなくリオールに抱きつき、大粒の涙を流す。
そんなアスカを、リオールは強くも優しく抱きしめていた。
何度も何度も、「よかった」と繰り返す声が、耳元で震えている。
その姿を、少し離れた場所で見守っていた陽春と清夏、そして薄氷が、ふいに目元を拭った。
長く付き従い、どれほどこの日を願ってきたか──その想いが、静かに込み上げてくる。
清夏は小さな声で、「おめでとうございます」と呟き、陽春は深く頭を下げたまま、肩を震わせていた。
薄氷は、微笑みながらもその目に光るものを隠さず、そっと口元に手を添える。
「ようやく……この日が来たのですね」
誰かが呟いた言葉に、重なるように皆が頷いた。
そしてその喜びは、静かな光のように、やがて、王宮中へとゆっくり広がっていった。
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