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第184話

 ルカは盃を置いた。  その音が小さく響いて、誰も言葉を発さない空気が生まれた。 「……キクリ、イサクの居場所を教えてくれ」 「……あんた、どうするつもりだ」 「俺はこれから──そのイサクという男が、どういう奴なのか、自分の目で確かめに行きたい」  キクリとシオサは一瞬、驚いたように目を見開いた。  しかし、キクリはゆっくりと静かに頷いた。 「……わかった。どうせ、ずっとこの胸に、あの時止められなかった後悔を抱えて生きていくのは、どうかと思っていたんだ」  少し心がスッキリしたのか、キクリはフッと笑みを零す。  ルカは一度頷くと、シオサに顔を向けた。  彼は、俯いて何かを堪えるように唇を噛んでいた。  するとやがて、ぽろりと涙がこぼれる。 「!?」 「うぅ……」 「え、な、シオサ? 何を泣いて……」 「……わ、わからないけどさ、みんな、みんな色んなもの、抱えてんだよなぁ……」  エンエンと泣き始めた彼。  これにはルカもキクリもギョっとして、しかしふっと力の抜けた笑みを浮べる。 「そうだな。みんな何かしら抱えてる。目に見えてるものだけが、全てじゃない」 「……ああ」  ルカはひとつ息を吐くと立ち上がる。  キクリの酔いも醒めたようで、彼もルカに続くように、静かに立ち上がった。 □  その夜のうちに、ルカは一人、キクリから聞いたアジトの場所へと向かった。  街外れの裏路地──寂れた人の気配もない小屋がある。瓦が落ちた屋根、ひび割れた扉。風の音が鈍く木材を軋ませる。  ルカは、扉の前で一度深呼吸し、そっと手をかけた。 「──誰だ」  中から低く、どこか擦れた声がした。 「俺はルカという。……話がしたい」  警戒を解かぬ様子だったが、しばらくの沈黙のあと、ぎい、と扉が開いた。  中にいたのは、やつれた中年の男だった。  骨ばった肩。深く刻まれた眉間の皺。手の甲には古い火傷の痕。酒の匂いが染みついた布を羽織っている。 「……あんた、王の犬か?」 「いいや、違う。ただの旅の者だ。けど──あんたのことを知ってる奴がいてな」 「……誰だ?」 「キクリって男だ」  イサクの目の奥に、一瞬、動揺が走った。  それでもすぐにそれを打ち消し、男は苦く笑う。

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