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第190話

■■■  地下牢の扉が、重たく軋む音を立てて開かれた。  湿った空気の中、アスカとリオールはゆっくりと歩を進める。奥の壁際には、手錠をかけられたまま座り込むイサクの姿があった。  その姿は、想像していたよりもずっと痩せていて、どこか壊れそうに小さく見えた。 「……王妃様が、直々においでになるとは思いませんでした」  低く、乾いた声。顔を上げず、壁の一点を見つめたままの男に、アスカはそっと口を開いた。 「私は……あなたのことを、知りたくて来ました」  イサクの目が、ゆっくりとこちらを向く。  その瞳は、深く、静かで、どこか諦めたようでもあった。 「私が王妃でなければ、あの日あなたは──」 「違う」  静かながらも強い否定だった。 「王妃だから、じゃない。あの日……あんたが、笑って、子どもに手を差し伸べていたから、腹が立ったんだ」  アスカは息をのんだ。 「俺の家族は、誰にも手を伸ばしてもらえなかった。飢えて、冷たくなって……それでも、国は何もしてくれなかった。なのに、今さら……って、思ってしまった」  リオールが奥歯を噛みしめる音が、かすかに響いた。  だが、アスカは静かに歩み寄り、格子の前に膝をついた。 「私は、あなたを許すとはまだ言えません。でも、もしもあなたの言葉が本当なら……これからの私の在り方で、誰かの家族を救えるなら、そうしていきたいと思っています」  イサクの瞳が、わずかに揺れた。 「……優しいんだな、あんたは」  それは、皮肉ではなかった。  ぼろぼろの心から、ようやく絞り出された本音のように、アスカには聞こえた。  リオールがそっとアスカの肩に手を添え、促す。 「もう行こう。身体に障る」 「……はい」  アスカが立ち上がると、イサクがふいにぽつりと呟いた。 「……すまなかった」  それは囁きのように小さな謝罪だったが、アスカは確かに聞き取った。  そして静かに、微笑んだのだった。

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