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第194話

 王子の誕生は、瞬く間に国中に広がり、三日三晩の祝祭となった。  そして、アスカの家族はその報せを聞くと、すぐに王宮へとやってきて、産まれたばかりの子をみんなで囲っている。 「まあ……まあ、まあ……! なんて可愛いの! アスカに似てるわ、ほら、ここ。目元がそっくり」 「俺はこっちの頬のあたり、陛下似だと思うなぁ」 「……どっちにも似ているが、とても可愛らしいな……。よく産まれてきてくださった……」  生まれたばかりのその命に、小さく震える指で触れる母の手。  不器用な仕草でそっと頭を撫でるアレンにアキラ。  そして穏やかな瞳で孫を見つめる父の姿。 「……ありがとう。来てくれて」  そう呟いた声に、誰もが「おめでとう」と返してくれた。 □  プスプスと、可愛らしい寝息を立てているまだまだ小さな命。  つん、と陛下に頬をつつかれている。  息子の頬はまるでお餅のように柔らかいのだ。なので、そうしてしまう気持ちは充分にわかる。  しかし、何度も繰り返されるそれに、ふにゃ、と顔を歪めた息子は、とうとう我慢できなくなったのか、大きな声を上げて泣きはじめた。 「あ、もう、陛下! 眠っているのをいじめたら、可哀想でしょう!」  慌てて注意すれば、リオールは肩をすくめて困ったように笑う。 「す、すまない……どうにも、愛おしくて、たまらなくて……」 「それはわかりますが……。よしよし、泣かないで、──アルマ」  我が子──アルマを抱き上げてユラユラと揺らす。  少しして泣き止んだアルマは、ぼんやりとこちらを見上げ、やがて花が咲くような笑みを見せた。 「〜っ! なんて愛らしいの……アルマ、可愛いね。愛してるよ」  胸がきゅう、と熱くなる。自分の声が、震えていたかもしれない。  ふと、リオールが手を伸ばしてきた。  優しく包み込まれるような抱擁に、自然と体を預ける。 「私の妻も子どもも、とても綺麗だ」 「……貴方様も、とてもお綺麗ですよ」  頬に軽く口付けをすると、リオールは嬉しそうにふふんと鼻を鳴らした。  まるで誇らしげな子どものようで、思わず笑ってしまう。  けれど──気になることは、気になる。 「ところで、陛下。政務はどうなさったのですか?」  問いかけると、リオールは露骨に視線を逸らした。 「あ、目を逸らさないでください。どうなさったのですか」 「……アスカと、アルマに、会いたくて」 「……陽春は?」 「……苦笑しておった」  ──ああ、やっぱり。  ここは後宮。  彼は政務に向かう前にふらりと立ち寄ったらしい。  しかし、陽春が止めたであろうことは、想像に難くない。 「アスカにも、アルマにも会いたいのだ。会えばよりやる気になる。より政務に力が入る!」  以前、そんなことを言っていた陛下。  けれど、実際は……。 『……陛下、それであれば、どうか……どうか、四半刻だけで、お願いします……!』 『……』 『なぜお顔を逸らされるのですか……陛下ぁ!』  きっと、こんなやりとりがあったに違いない。  苦笑しそうになるのを堪えたアスカは、静かに言う。 「陽春を困らせてはいけません。リオール様は、アルマの父ではありますが……この国の王なのですから」  真っすぐ見つめれば、リオールは口を閉じ、しばし考えるようにしていた。  その様子に小さく微笑み、そっと囁く。 「夜に、共に眠りましょう。そうすれば、愛しい息子の寝顔を、存分に堪能できますよ」 「……それは、いいな」 「はい。ですから……ね?」  ようやくリオールがひとつ頷き、ゆっくりと立ち上がる。  名残惜しそうに、何度もアルマの姿を目に焼きつけていた。  そして── 「んむっ!」 「ん……いってくる」 「! はい。いってらっしゃいませ」  そっと口付けを交わして、ようやくリオールは後宮を後にした。

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